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111話 闇に身を浸して

 時刻は深夜。暗い街並みの中を、一つの陰が音も無く駆け抜けた。

 町の警備はフリーディアの警備に兵を回しているせいか、さほど厳しくはなかった。


「さて……問題はここからか……」


 テミスは一旦路地の入口に身を潜めると、前を見つめて呟いた。ちょうどあの位置が貴族区画との境目なのか、そこでは二人の兵士が欠伸を噛み殺しながら道の真ん中で立ち話をしていた。


 方法は二つ。連中が別れるのを待ってから死角を駆け抜けるか、一気に連中をのして進んでいくかだ。前者は安全だが少しばかり時間がかかる。逆に、後者が私の存在が連中に知られる確率が跳ね上がるリスクがある。


「おっ……よしよし……」


 テミスが思案している前で、兵士たちは何やら二三言葉を交わすと、互いに背を向けて歩き出した。何処へ行くのかは知らないが、これ以上の好機は無いだろう。


 身を落とし、駆け抜け、身を潜める。テミスはそんな事を何度も繰り返し、時には物音で逆方向に気を引いてから進むなどの小細工を弄しながら、闇夜の貴族区画を駆け抜けると、立ち並んでいた建物群で遮られていた視界が急に開かれる。


「っ! ……あれか……」


 その開けた視界……小さな広間のようなスペースの中心には、鉄格子のはまった小さな窓が並ぶ、無機質な建物が鎮座していた。


「……? 妙だな」


 その光景を注意深く観察しながら、暗闇に身を潜めたテミスは首をかしげた。

 厳重という割に兵士の数が少な過ぎる。

 歩哨に歩いている兵士も居なければ、配置されているのは門番らしき兵が一人のみ。内部を嫌と言うほど固めているのならば話は別だが、外部からの襲撃を警戒している配置には見えない。


「潜入を警戒している……? いや……まさかっ!」


 テミスは目を見開くと、物陰から脱兎の如く飛び出して、眠たげに目を擦る門番に向けて一気に距離を詰める。


「んなっ!? なん――ごほっ……」

「火急の要件だ。寝てろ」


 兵士が気付き、叫び声を上げるまでの刹那に一突き。ドスリと言う鈍い音と共に兵士の体が崩れ落ちる。一応、肋骨が折れない程度には加減したつもりだが、流石に怪我までは面倒を見きれん。

 テミスは拳を解いて手首をぶらぶらと遊ばせながら、薄く開いた門を潜ってその中へと身を滑り込ませた。


「…………」


 しかし、監獄の中も警備に変わりは無かった。

 囚人たちが寝静まった中を駆け抜け、気のゆるみ切った顔で見回りをしている兵士を音も無く倒す。それを数えるほど繰り返すだけで、この建物の中で意識を持っているのはテミス一人になってしまった。


「どう言う事だ……? まさか、もう処刑されたという訳ではあるまい……」


 密かに呟きながらテミスは、再び注意深く牢の中を覗き込むが、あの特徴的な金髪どころか、囚われている囚人の中に女性は一人も居なかった。


「チィ……やはり入れ違いか……」


 テミスは一通り牢を見回った後、情報を求めて忍び込んだ看守室で臍を噛んだ。


「何か……移送書か何かがあるはず……」


 テミスは苛立ち紛れに壁に設えられた囚人の一覧を毟り取ると、椅子の上で昏倒している兵士を床へと投げ捨てて家探しを始める。

 釈放された訳でもなく、脱走した訳でもないのであれば、必ず移送先を示す書類があるはずだ。むしろそれが存在しないのならば、ヒョードルが直接フリーディアの身柄に関与した証明になるから話が早いのだが……。


「むっ……? これだな……」


 気を失った兵士を座布団代わりにして最下段の棚から引きずり出した書類の束を漁っていると、その中にデカデカと処理済みの赤い判子がおされた一枚の書類が目に留まる。


「地下……特別房だと? こっちは意見陳述書か……」


 テミスは素早く書類に目を通すと、不信感に眉をひそめた。この地下特別房とやらがどんなものかはわからないが、添付されていた陳述書を見る限り気持ちの良い所ではないらしい。

 陳述書には、フリーディアの怪我の状態や戦闘での功績を並べ、果てには王族の身分までも持ち出して、何人もの兵士たちが彼女の移送の再考を求めていた。


「フッ……なかなか部下想いな看守長ではないか」


 テミスは判すら押されずにまとめられた陳述書を眺めながら、自らの尻の下へと語り掛ける。

 この一式の書類によれば、フリーディアが移送されたのは昨日の事。それまでは予備人員すら動員しての過剰警戒態勢だったようだ。陳述書にしても、内容が過激であったり同じ者が複数回提出したりしている場合は、看守長が自身の所で止めていたらしい。


「板挟みと言うのは大変だな……」


 テミスは座布団にしていた兵士から腰を上げると、意識の無い彼を見下ろして呟く。部下の不満と、決して覆らぬ裁定の間で苦しんだのだろう。その眉根には、苦悩でついたと思われる真新しい皺が刻まれていた。


「せめて、部下たちの想いは私が汲んでやろう」


 テミスはそう呟くと、床に放り出した書類を拾い集めて元に戻し、手元に残ったフリーディアの書類を懐に仕舞いこんだ。そして、意識を失った男をチラリと一瞥した後、再び闇の中へと身を翻したのだった。

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