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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1203話 貪られる希望

 己の五感をも支配してしまう程の怖気。

 自らの中に根差した正義感によって声をあげた騎士が、次の瞬間に味わっていたのは、そういった類の途方も無い恐怖だった。

 まるで光を失ってしまったかの如く視野が狭窄し、ガタガタと自分勝手に震え出した手が握り締めていたはずの剣の感触も無い。

 無論。声をあげる事などできる筈も無く……否。声をあげようという発想すら湧いてくる事が無いのだ。

 そんな、絶望という名の暗闇の中。冷ややかな声だけが騎士の耳へと届き鼓膜を揺らす。


「阿呆が」


 その、溜息すら混じっている呆れ果てたような声は、先程まであれ程垂れ流されていた殺意は含まれておらず酷く平坦で。

 絶望に塗り固められていた騎士の心にも僅かな希望が戻る。

 だが、騎士は微かな余裕が生まれた事で、自らを見据えるテミスの目を見て理解してしまった。

 ああ……自分には殺意を向ける程の価値も無いのだ。と。

 そこに在ったのは、まるで子供が遊び飽きた玩具へと向けるような、冷たく残酷な瞳で。

 一片たりとも興味を、価値を見出していないが故に。憎しみや怒りすらも向けられる事が無いのだと、何よりも雄弁に物語っていた。


「ぁ……ぅ……!!」

「抜いたのならば斬りかかれば良いものを」


 遂には、肩越しに背後を振り返り、騎士へと向けていた視線を足元の男へと戻し、悲鳴と嗚咽以外の答えが返ってこない問いの片手間で低い声が投げかけられる。

 しかし。殺されるわけではない。そう理解したはずの騎士の心にゆっくりと広がっていくのは安堵などではなく、生きる意味すら見失ってしまいそうな程の虚無で。

 変わる事の無い恐怖の只中に飛び込んでしまった騎士は、呻き声をあげてただ立ち竦みながら、テミスの言葉を聞く事しかできなかった。


「少なくともお前達の主……フリーディアならばそうした筈だ」

「ぎぃぁっ……!?」

「剣を抜いて脅した所で、私が止まるはずなど無い事は知っているだろうに」

「あがぁッ……!! い、痛い……いぃぃィィッ……!!」

「無意味だと。勇気を振り絞って立ち上がったつもりだろうが、お前自身がはじめから理解している」


 残った左腕で必死に這いずる男へと更なる追撃を加えながら、テミスはつまらなさそうにつらつらと言葉を並べ立てた。

 テミスにとってその会話は、拷問と報復を兼ねた退屈な時間を紛らわす程度のものであったが、言葉を受ける騎士にとっては自らの心の奥底まで抉り抜かれる刃を次々と投げ付けられるかのようなもので。

 平坦な声の足元で響く苦痛の呻きに怒りや嫌悪を燃やす事さえできず、遂には耐えかねてテミスへと切先を向けていた剣をその場に取り落とし、崩れ落ちるようにして膝を付いた。


「もう……やめてくれ……頼む……」

「…………」

「うがッ……が……助……け……ッ!!」


 そのまま地に四肢付け、頭を垂れた騎士は呟くように懇願の声を漏らすが、言葉の代わりに返って来たのは、肉を蹴り付ける鈍い音と新たに刻まれた苦痛に漏らされた悲鳴だけだった。


「マモ……マモル……様ァッ!!」

「俺達の任務はァッ!!! あの宿屋へ戻ってくるであろうアンタの監視と、緊急時に店主たちの身柄を確保する事だッ!!!」

「…………」

「アンタが知りたかったのはコレだろ……? それ以上そいつを痛め付けないでやってくれ……お願いだぁッ……!!」

「…………」


 己が身に降り注ぐ暴虐に助けを求め、己が主の名を呼ぶ男の声を掻き消すようにして、騎士は自分の喉が張り裂けてしまうのではないかと思う程の大声で叫びを上げた。

 そして、ポタポタと石畳の上に涙を落としながら、嗚咽混じりの弱々しい声でテミスへと懇願する。

 すると、響いていた暴虐の音と苦痛の悲鳴はピタリと止まり、かわりに血の滲むくすんだ軍靴が頭を垂れた騎士の視界へと現れた。


「ぇ……?」


 涙で霞む視界の中へ差し込まれた異変に騎士が首を上げると、そこには間近に仁王立つテミスが居り、静かな瞳で騎士を見下ろしていた。


「……お前、名は?」

「自分……は……キール……です……」

「そうか」


 騎士はテミスを見上げ、問われるがままに己が名を名乗ると、自らの胸の内で希望という名の熱がドクドクと脈を打ち始めたのを感じていた。

 必死に叫んだこの想いが届いたのではないか。己の命を懸けた懇願を聞き入れたが故に、名を聞かれたのではないだろうか。

 一度脈付き始めた希望は一気に燃え広がり、キールの胸の内を輝かしく照らす。

 だが。


「見ろ。これがお前の手繰り寄せた末路だ。全く……後でカルヴァスの奴にでも、そのような名の度し難い阿呆を始末したと報告してやらねばな」


 ドサリ。と。

 言葉と共に、テミスは息絶えこそしていないものの、最早這いずって逃げる素振りすらも見せる事の無くなった男の残骸をキールの前に放り捨てると、溜息まじりにそう零したのだった。

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