1202話 断罪の暴虐
「悪いな。何を言っているか聞こえんよ」
メキメキ、ミシミシと。
手足をばたつかせて暴れ回る男の動きが、ビクンビウンと跳ねるだけの痙攣へと変わった頃。
冷酷な笑みを浮かべたテミスは男の胸へと食い込ませていた足をゆっくりと持ち上げた。
しかし、男は既に口から血を噴き出し、白目を剥いて意識を失っており、その格好はしたいとほとんど変わらなかった。だが、時折不気味に跳ねる手足だけが、彼の命の灯が未だ消えていない事を物語っていた。
「ウッ……ぐぶッ……!!」
「踏み……殺した……ッ!?」
「なんて惨い……」
連行された白翼騎士団の騎士達の間からは、恐怖と嫌悪の入り混じった声が漏れ聞こえてきたが、テミスはクスリと鼻で嗤うとそれらを全て黙殺する。
全く……この程度で何を狼狽えているのやら。と。
ぐったりと四肢を投げ出して倒れる男へ冷ややかに視線を向けながら、テミスは胸の中でひとりごちった。
たとえ短い時間であったとはいえ、この町で暮らし、過ごしておいて、これで終わりだなどと本気で思っているのだろうか。
だとしたら、それは最早職務怠慢を超えた侮辱であり、断腸の思いと並々ならぬ覚悟で我々との共存を受け入れたフリーディアへの冒涜とも言える。
「サキュド。逃がすなよ」
「勿論です」
一瞬。
テミスは傍らで静かに様子を見つめるサキュドへと視線を走らせ、短い言葉で忠告した。
それには、彼女の足元で伸びている哀れな男だけではなく、観客面をして嫌悪の表情を浮かべている白翼の騎士共も含まれているのだが……。
サキュドは元より承知の上とでも言いたげに妖艶な笑みを浮かべ、空の手をだらりと虚空へ向けて下ろしていた。
「全く……脆い奴だな。無様に寝転がれば赦されるとでも思っているのか?」
「…………」
サキュドの見せた『構え』に得心すると、テミスは再び足元の男へと視線を戻して言葉を投げかける。
だが、相も変わらず男が意識を取り戻す事は無く、テミスは小さくため息と着いた後、屍のように横たわる男の腕に向けて足を持ち上げた。
そして。
一片の躊躇いすら無く持ち上げられた脚は打ち下ろされ、踏みしだかれた男の右腕がゴギンッ!! と嫌な音を立てて拉げ曲がる。
しかし、それでも男の意識が戻る事は無く、腕を踏み抜かれた瞬間にビグンと身体を跳ねさせただけだった。
「……参ったな。この様子では後三度では起きそうにも無い」
「嘘……だろ……?」
「…………」
「悪魔だ……」
既に意識すら刈り取られた男へ加えられた更なる暴虐に、白翼の騎士達はサキュドの紅く光る眼が向けられているとも知らず、それぞれに呟きを漏らしながら、固く手を握り締めたり、帯びた剣の柄を握ったりと、各々の感情を露わにしていた。
「……ギャッ!!? あがッ!? あああああぁぁぁぁぁァァァッッ!!!?」
だが、テミスの予想とは裏腹に、凄まじい悲鳴と共に男が目を覚ましたのは、再び鎌首をもたげたテミスの足が、男の右脚を踏み砕いた時だった。
流石にテミスの膂力を以てしても、人体を構成する骨の中でもかなりの強靭さを誇る大腿骨を折り砕くのは容易ではなく、メキメキと軋み折れる骨の嫌な感触が、力を込めて振り下ろした足にこびり付くように残っている。
「漸く起きたか。何、簡単な話だ……お前達に課された任務について、今一度おまえ自身の口から聞きたくてな」
「いぎゃあああアアアアアアァァァァッ!! 足ィッ!! あしがぁぁぁッッ!!」
「無論。おおかた見当は付いている。だが、お前としても何故自分がこのような責め苦を受けねばならんのかくらいは知って死にたいだろう?」
「あびッ……ば……ひゅッ……!! ぅ……ぁ……バハぁ~ッ!!」
淡々と告げるテミスの足元では、意識を取り戻した男が苦悶の悲鳴を上げながら、拉げた右腕と右脚を引き摺って、僅かでもテミスから離れようとするかのように這いずっていく。
無論。テミスの問いに対する答えなど返す余裕も無く、そもそも男は自らの身に起きた悲劇の激痛に絶叫するので精一杯で、テミスの言葉など耳にすら入っていなかった。
しかし、能面を思わせる不気味な表情で男を見下ろすテミスが、半死半生で残った左手足だけで必死に這いずる男の事情など鑑みるはずも無く。
「あ゛ッ……!!! がああああぅぁぁぁァァァッッ!!!!」
再び響いた絶叫と同時に、三度踏み下ろされたテミスの足がずりずりと遠ざかっていく男の左脚を踏み砕いた。
その時。
「ッ……!! もう止せ!! 十分だろうッ!!」
肩を並べていた白翼の騎士達の中から、耐え兼ねたかのように怒りに表情を歪めた一人の騎士が飛び出すと、抜き放った剣をテミスの背へと向けて叫びをあげたのだった。




