1201話 戦鬼の逆鱗
席を立ち、流れるような身体捌きでテミスとサキュドは、ホールの反対側に設えられた一つのテーブルへと向かった。
出口へと向かうでもなく、店の奥へと続く方向へ向かったテミス達に、緊張感の緩みかけていた客たちは口々に悲鳴を漏らして身体を硬直させる。
その傍らを悠然と駆け抜け、目標のテーブルへと辿り着いたテミスは、僅かに出遅れたサキュドを待ちながら、氷のように冷ややかな目線で眼前の客を見下ろしていた。
「……何か用か?」
「それはお前たち自身が一番良く解っているはずだが?」
彼等の員数は8人。
丸いテーブル二つを寄せる形で集まっている彼等の卓には、大小さまざまな料理と酒、そしてジュースのジョッキが並んでいる。
しかし、彼等の身なりは決して高くはないとはいえ、この店で底無しに注文ができる程裕福なものではない。
尤も、姿形だけならばこの場にうまく溶け込んだ彼等にテミスが目を付けたのは、もっと別の所にあったのだが。
「わからねぇな。さっきから何かと怒っているようだが、八つ当たりなら他を当たってくれ」
「八つ当たり? ハッ……! 誤魔化し切れるとでも思っているのか? こうして間近で見るとなるほど……見覚えのある顔だ。幾つか知らん顔も混じってはいるが」
「ッ……!!」
「どういう訳かお前達……見たところ、代金を支払っていないようだが?」
ギラリ……と。
言葉と共にテミスは眼前の男たちを見据えると、その顔が半月状に唇を吊り上げて笑みを形作る。
だが、同時に彼等へ向けて放たれてはじめた殺気は凄まじく、彼等が机の下で手をかけていた剣が鞘と触れ合ってカチャカチャと音を立てた。
「お前がッ……!!! 知った事かァッ!! グゥッ――!?」
「フン……」
「バッ――!!」
僅かな沈黙の後、男たちの中の一人が荒々しい叫びと共に抜刀してテミスへと飛び掛かるが、傍らに座っていた見覚えのある男があげかけた制止も虚しく、宙を疾駆する大蛇の如く伸ばされたテミスの魔手によって、喉を捕らえられ呻き声をあげる。
「コイツッ!!」
「サキュド」
「くふっ」
気炎を上げた男に呼応して、寄せていたもう一つのテーブルからも一人の男が咆哮と共に立ち上がるが、テミスが名を呼ぶまでも無く、瞬時に進み出たサキュドがその顔面をテーブルへと叩き落として無力化した。
残ったのは、どいつもこいつもどこかで見覚えのある顔を青ざめさせながら、テーブルの下に隠した剣を中途半端に握り締める男たちばかりで。
「白翼に名を連ねるお前達ならば、彼我の戦力差は理解できるはずだが? 選べ。叩き伏せられてから死ぬか、素直にその足で歩いて斬られに来るかを」
「ま、待ってくれッ!! 後からだが、代金はしっかりと支払っていたッ!! 足りない時もあったが、後から必ず払うと約束しているッ!!」
「そうだ! アリーシャちゃんとマーサさんに聞いてくれ!! 任務なんだ! 俺達が望んでやっていたわけではないッ!!」
「ガ……ァ……ッ……!! テ……メェ……等ァ……ッ!!」
冷ややかにそう告げるテミスに、肝をつぶした男たちは必死の形相で立ち上がると、口々にテミスへ向けて弁明を始める。
そんな彼等に、テミスの魔手で捕えられた男は、憎々し気な視線と共に唸るような声で怒りを露にしていた。
「ククッ……知った事か。黙ってそのまま付いて来い。逆らえば即座に殺す」
「ウッ……!!」
「サキュド。叩き伏せた間抜けは引き摺って来い。ヴァイセは――」
「――お任せを」
ギリギリと自らの魔手に捕らえた男を締め上げたまま、テミスは冷たい言葉を残して身を翻し、店の出口へと向かって歩きはじめる。
その道中で、テミスの命を受けたヴァイセだけがマーサとアリーシャの元へと向かうが、サキュドは文字通り自分が伸した男の足首を掴んで引き摺ってテミスの後に続き、その傍らにシズクとフィーンが苦笑いを浮かべながら続いた。
そして。
小気味のいい扉の音と共に、テミス達が店の外へと出た刹那。
「ッ……!!!」
「ガーーッ!!? ァ……ッ……!!」
テミスは唐突にその手に掴んでいた男の背を石畳へと叩き付けると、苦悶の息を漏らす男の胸を踏み付け、背に負った大剣をぞろりと抜き放つ。
もう堪える必要はない。そうテミスが自覚すればするほどに、胸へと置いた脚に力が籠り、メキメキと音を立てて沈んでいく。
簡単には殺してやるものか。
とうに臨界点を超えていた怒りに脳裏を焦がしながら、テミスは自らの思考が澄み渡っていくのを感じていた。
「お前が何に手を出したのか。後悔を魂に刻みながら死んで行け」
「~~~~~ッ!!! …………ッ!!! ――――ッ!!!」
抜き放った大剣の切っ先を踏み付けた男の頭の傍らに突き立てると、胸を踏み抜かれた男は、唇の端から血の泡を吹いて暴れながら、苦痛の表情を浮かべてパクパクと口を動かしていたのだった。




