1199話 貪り喰らう
「お待たせっ! ゆっくりしていってねっ!」
アリーシャが厨房へと向かってから十数分後。
両手にホカホカと湯気を吐き出す料理を抱えたアリーシャはテミス達のテーブルへと戻ると、明るい声色と共に配膳を始めた。
だが、店内は相も変わらず静寂に包まれており、食器がテーブルの上へと置かれるコトリ、コトリという音が、やけに大きく響き渡る。
「今日はいい火吹き鳥が入ったからね。鶏肉がおすすめなんだ」
「火吹き鳥……私達の町に居たらとても重宝しそうな鳥ですね」
「えぇ……? そうかなぁ……大きくて強いし、名前の通り火を吹くしですごく厄介な魔獣だ~って聞くよ? まぁ、その分肉は遠慮なく強火で焼けるから美味しいんだけど」
「なるほど……大きいのですか。っ……!! この匂いだけでも……くぅっ……!」
一品一品、アリーシャは配膳をするたびに懇切丁寧にメニューの説明をしながら食事を並べていくと、最後にテミスの傍らに立ち、その前にひと際大きな皿を置いた。
その上には、ふんだんに鶏肉の使われた焼き飯がこんもりと盛られており、芳ばしく食欲を誘う香りと共に暖かな湯気を放っている。
「アリ――」
「――お母さんから伝言。黙って全部食べな……って」
「…………」
「テミスも知ってると思うけど、お母さんは厨房からでもいつだってお客さんの様子は見てる。テミスがいらないと思うなら、残せばいいと思うよ」
「っ……!!」
眼前に料理を置かれたテミスは、怒りの気配が残る瞳でアリーシャを見上げると、不機嫌に声をあげかけた。
しかしその言葉を遮って、アリーシャはピシャリと意志の籠った強い口調でそう告げると、黙ったまま動かないテミスに一言を付け加えてテーブルから足早に去っていった。
残されたのは、酷く気まずそうにテミスの様子を窺う仲間達と、テーブルの上に並べられた料理だけで。
「はぁ……ったく……」
僅か数秒。テミスは目を瞑って仲間達の視線を受け止め続けていたが、諦めたようにため息をついて、静かに皿の傍らに置かれた匙を手に取る。
こうでもしなければ、食卓を共にした仲間達は意地でも料理に手を付ける事は無いだろう。
だから、仕方ない。
胸の中でそう呟きながら、テミスは憎悪にも似た滾る怒りと共に込み上げる吐き気を堪えつつ、良い香りのする焼き飯を口の中へと放り込んだ。
同時に、テミスの様子を見守っていた仲間達は各々が微かに笑みを浮かべた後、その瞬間を待ちかねていたかの如く自らの食事へと手を付けていく。
「くぅ~っ……!! うはぁ~……!! やっぱり、何度食べてもマーサさんの料理の味は格別ですねぇ……ッ!!」
「っ……!! っ……!!」
「ハハ……帰ってきた……って感じだ……」
「美味しいッ!! すごくおいしいですよテミスさんッ!!」
「…………。あぁ……」
余程空腹を耐えていたのだろう。一度食べ始めたフィーン達の手が止まる事は無く、僅かに口が空いた隙に絶賛を延べながら、一心不乱に食事を食らい始めた。
サキュドなど、最早目の前に並べられた自らの食事に夢中で、賛辞を口にする暇すら惜しんで勢い良く食べ続けているほどだ。
そんな仲間達を前に、テミスは口に放り込んだ焼き飯を飲み込むと、シズクの賛辞に応じて小さく頷いてピタリと手を止めた。
「……」
今日一日。この町に蔓延る、吐き気を催す程の悪を目の当たりにしてきた。
狂ってしまいそうな程の怒りが止めどなく溢れ、如何にして元凶であるマモルを殺してやるか……幾百、幾万の方策だけが頭の中を巡り続けていた。
無論。食欲など湧くはずも無く。腹が減るなどという感覚すら欠片たりとも感じていなかったというのに。
「ッ……!!!」
たった一口食っただけで。
まるで身体が呼び覚まされたかの如く、テミスは強烈な空腹に襲われていた。考えてみれば、今日は出立の時に軽く腹に入れた以降何も口にしては居なかった。
故に。その純然たる欲求に従い、テミスはゴクリと生唾を呑み込むと、再び匙を引っ掴んで凄まじい速さで焼き飯をその身体の中へと掻き込んでいく。
その光景は、胸の奥から溢れ出る怒りをも、まとめて飲み下してやろうとしているかのようで。
「テミス……」
アリーシャは少し離れたカウンターから、普段この場所で食事をするテミスとはおおよそかけ離れた、貪り喰らうかのごとき振る舞いで飯を食らうテミスへと視線を向けると、酷く不安気な表情でその名を呟いたのだった。




