1194話 反抗者たち
「はっ……?」
家主だと……?
そこには確かに、少なくない空白の時間があった。
予想だにしていなかった情報を受け入れ、咀嚼し、呑み込むために必要な最低限度の時間。衝撃を受け止める為の防衛反応ともいえるそれは、如何に武勇を誇るテミスであっても変わる事無く存在した。
「だ・か・ら。家主さんですよ家主さん! ここは私の家なんです! 借り物ではありますが」
「……なんという事だ」
言葉を重ねるフィーンの前で、テミスは漸く告げられた事実を受け止めると、大きく息を吸い込んでから呻き声を漏らす。
フィーンは元々ロンヴァルディアの人間だ。フリーディア絡みで幾度かこのファントを訪れる事はあったが、彼女が目指すのはあくまでも王都一の記者であったはず。
だというのに。何故かフィーンは今、このファントの片隅を間借りし、あれだけ慕っていたはずのフリーディアと相対しているのだ。
「あ~……一応、誤解の内容に報告をしておきますが、名目上の話は。です」
衝撃を受けるテミスの姿を見かねたのか、部屋の隅に着座したまま厳しい表情で口を噤んでいたカルヴァスが進み出ると、眉間に深い皺を寄せながら言葉を続けた。
「我々は一応ではありますがファントの住人です。警邏の仕事である程度顔も知れていますし、起居する家も定まっている。当然、反旗を翻した我々を捕えようとする彼等が、ねぐらを抑えない筈がありません」
「……道理だな」
「故にあの日……マモルを廃する事に失敗した我々は、フリーディア様のお側を……このファントを一時離れる事さえ覚悟しました。ですが――」
「――王都の人間ですが、ある程度ファントの皆とも仲が良くて、何だったらフリーディア様にお力添えを頂いている私が、こうしてお家を借りて皆さんに拠点として提供しているのですッ!!」
その言葉を途中から奪い取るようにしてフィーンが一気にまくしたてると、ある程度の事情を把握したテミスは小さくため息をついた。
確かに、白翼騎士団や黒銀騎団の連中ではこの町で新たにねぐらを確保するのは難しいだろう。
現状の体制がどのようになっているかは分からないが、少なくとも彼等自身の名で拠点を確保するよりは、名目上は部外者と呼べるフィーンの方が格段にその難易度は下がるはずだ。
「…………だが待て。今お前、なんと言った? カルヴァス。聞き違いでなければマモルを廃するだとか口走らなかったか?」
「はい。まずはサキュド殿やマグヌス殿をはじめとする黒銀の者たちが一度。次に血気に逸ったミュルクが一度。そして我々、白翼の基幹部隊の者で一度。私達は計三度ヤツの排除を試み、失敗したのです」
「ッ…………」
「その裏で、実は暗躍していた私のも含めるとだいたい五回ですかね? 今回のテミスさんの戦いも含めるのなら六回でしょうか?」
自らの問いに重々しい表情を浮かべて答えたカルヴァスに、テミスは言葉を失ってただ息を呑む。
そんなテミスに追い打ちをかけるように、何故か楽し気な笑みを浮かべたフィーンが、軽い口調で言葉を添えた。
「現状、ファントは新たな体勢に異を唱えた黒銀騎団の大半と、我々白翼騎士団の一部を欠いて動いています」
「まぁ……フリーディア様の様子を知っておく為に残った人達も居ますが、冒険者将校組のほとんどがあちら側に付いたのがツラいですよねぇ……」
「我々が抜けた事で、戦力低下は否めませんが表面上は辛うじて持たせているといった所でしょうか。元より過剰気味……っと、失礼。町の防衛や治安維持には殊更注力されていたので」
「フム……」
カルヴァスが真面目に状況を説明する傍らで、フィーンがそれを補足するかのように口を挟む形で情報の共有が進められていくが、フィーンのの無邪気にはしゃぐ子供のような口調のせいで、危機迫る話の内容だというのにいまいち緊張感が沸いてこない。
しかし、テミスは自らの頭の中で彼等の語った情報のみを汲み上げると、静かに腕を組んで考え込んで呟きを零す。
「……保険が裏目に出たか」
「んん……? 何の話です?」
「いや……こちらの話だ」
その呟きに俊敏に反応するフィーンを軽くあしらうと、テミスは少しづつ見えてきた現状にクスリと笑みを浮かべた。
元来、町を護るだけならば、頭数だけで言えば魔王軍時代の十三軍団でも事は足りたのだ。だが、ヤマトの町から移り住んできた連中や白翼騎士団の面々といった余剰戦力を遊ばせておく理由も無く、余裕をもって防衛に配していたのだ。
だからこそ、積極的に深い情報を探る訳でも無く、外側からの視点で伝えたコスケの情報では、町は問題無く回っている訳で。
「そうなると当面の問題は、マモルとフリーディアをどうにかする事か……。やれやれ、帰ってきて早々に面倒な大仕事だな」
「それは間違い無くそうなんですけど……できれば、それより前に皆さんにテミスさんの顔を見せてあげて欲しいですね」
「ウム。希望が戻ったのだ。皆もきっと奮い立つだろう」
皮肉気に笑みを浮かべてそう告げたテミスに、フィーンが何処か恐怖するかのような苦笑いと共に応ずると、大きく頷いたカルヴァスが生真面目に相槌を打ったのだった。




