1191話 歩むべき道
再び始まった剣戟は、常軌を逸したものだった。
おおよそ受け止める事などできぬ筈の斬撃が、鈍く響き渡る轟音と共に止められ、返す刃が目にも留まらぬ速さで振るわれる。
ギャリィッ! バギィッ! と。時折その姿さえも霞ませながら、テミスとマモルは凄まじい音を響かせながら剣戟を繰り広げていた。
「わからない子だ。万人の正義こそ秩序。正義足りたいのであれば、秩序を敷き、人々を護る者を目指すべきだ」
「ほざけッ!! 秩序は人など守らないッ! 人が秩序を守るのだッ!」
「それを理解しておいて、何故俺に刃を向ける? どちらも同じ事だというのに」
「違うッ!!」
激しい剣戟の狭間に言葉を交わしながら、テミスとマモルは互いに武器を振るい続ける。
しかし、巧みに二刀を操るマモルに対し、手数で劣るテミスは攻め切る事ができず、対して一撃の威力で劣るマモルも、テミスに有効打を与えかねていた。
「秩序はただの飾りだッ! それでは秩序を……法を守らぬ悪が善良な人々を脅かして肥え太るだけッ!! 食い物にされる人々を守る事はできないッ!!」
「無論だ。だが、秩序の無い世の中よりはマシさ。この世界を見ろッ!! どこもかしこも戦いばかり……誰も彼もが好きに勝手に力を振るった結果がこれだ!!」
「知った事ではない。だが、私はこの身を以て知っている。秩序とはお前が語るような都合の良いものではないとッ!!」
「だったら何だ!! より多くの人々を救う為には、少数の犠牲は致し方ない!! その犠牲を最も少なく抑え得るのが俺達だッ!」
「ハハッ!! 性根を現したな!! お前がこの世に生きるべき人々を選別すると? 力を得て神にでもなったつもりかッ!?」
言葉と共にテミスの振りかざした剣が薄く光を帯び、斬撃が放たれる。
至近距離で放たれた月光斬は、マモルといえども躱す事は叶わず、マモルは剣を身体の前で交叉させて一点防御の構えを取ると、強大な威力を誇る月光斬を真正面から受け止めた。
だが、月光斬を受けて動きの止まった隙をテミスが逃す筈もなく。
振り下ろした大剣を巻き込むようにして身体を捻り、テミスは守りの空いた胴を狙って大剣を薙ぎ払った。
「グッ……クゥッ……!?」
「終わりだ」
マモルは振るわれたテミスの剛剣を躱すべく、斬撃を受け止めた格好のまま跳び下がるが、躱し得ぬ隙を捉えて放たれたテミスの斬撃を避け切る事はできず、深々と腹を裂かれてその場に膝を付く。
その傷は、手当を施さずに生き永らえる事ができるほど浅いものではない事は明白で。
即座に命を落とす事はないものの、この戦いに決着が付いたと見做すのは十分だった。
「何度だって言ってやる。お前がやっている事は、盗賊が弱者から物や命を奪っているのと変わらんよ。お前が正義にどのような幻想を抱いているのかは知らん。追い求めた結果、辿り着いた結論が秩序という綺麗事なのかもしれん。だが……」
腹に受けた傷を抱えるようにして膝を付いたマモルに、テミスは大剣を払ってその刀身に付いた血を払いながら静かに言葉を紡いだ。
そして、テミスは血払いを終えた大剣を肩に担ぐと、言葉を続けながらゆっくりとした足取りでマモルへと歩み寄る。
「お前の下らないチンケな理想の為に、他人の大望の邪魔をしてやるな。それは紛れもなく、目に留める事すら醜悪な悪逆だ」
マモルの傍らに辿り着いたテミスは、まるで腹を切った罪人の首を落とす介錯人であるかの如く隣へと立ち剣を構えた。
だが、マモルは相も変わらず腹を押さえてうずくまるばかりで返答はなく、その全ての望みが潰えた姿に、テミスは構えた剣の柄を握る手に力を籠める。
「誰かを救うだなんて難しい事は性に合わなくてな。何処ぞの阿呆みたいに、自分の手足を動かす事さえせず、救いを待つだけの怠惰な連中を救う趣味も無い。私はただ、私の思いに従って悪を斬るだけだ」
かつて共に肩を並べた先達に、テミスは胸の隅に燻る小さな痛みを掻き消すようにそう告げると、その首を落とすべく大剣を振り下ろした。
しかし、その瞬間。
「さ……せるかぁぁぁぁッッ!!!」
突如として雄叫びを上げながら姿を現したミュルクが、ガシャガシャと甲冑の音を鳴らしてテミスへと飛び掛かると、そのままの勢いでテミスの身体を突き飛ばした。
直後。
宙を薙いだ大剣の陰で放たれたマモルの一撃が飛び込んだミュルクの甲冑を捉え、鈍い金属音を響かせる。
「がッ……ぁ……!!」
「チッ……!!」
「な……ッ……!?」
動く事すらできない筈のマモルの一撃と、突如として姿を現しただけではなく、自らの身を庇ったミュルクにテミスが驚愕の息を漏らす前で。甲冑越しとはいえ打ち込まれた斬撃に苦悶の声を漏らすミュルクを弾き飛ばすと、マモルは舌打ちと共に静かに立ち上がった。
そして。
「今だッ!!!」
「合点ですッ!!」
ぼふん。と。
石畳の上を転がるミュルクが鬼気迫る気迫で吠えると、聞き覚えのある女の声と共に辺りを濃い煙幕が包み込んだのだった。




