1187話 最後の決闘
「オォッ……!!!」
轟ッッ!! と。
短く発せられた気合と共に、漆黒の刃が振り下ろされた。
狙いは左肩。袈裟斬りの形で身体を両断するその剣閃には欠片たりとも迷いは無く、研ぎ上げられた殺意が纏っていた。
だが。フリーディアは振り下ろされたテミスの刃に添わせるように自らの剣を合わせると、大剣の力をいなして空を斬り払わせる。
後に響くのは、剣同士が激しく擦れ合った甲高い音だけで。
「フッ……!!」
「カァッ!!」
その残響すら止まぬうちに、二人が再び猛然と剣を振るうと、今度は強烈に打ち合わされた剣がけたたましい音を奏でる。
テミスの繰る大剣に対して、フリーディアが振るうのは少し刃と柄の長い中庸な拵えの西洋剣だ。
材質こそ良質な物が用いられてはいるはずだが、それでもテミスの大剣を形作るブラックアダマンタイトには及ばない。
だというのに。
真っ向から打ち合わされた剣は、威力の上では勝っているはずのテミスの一撃を力強く受け止めるだけではなく、圧し返して完全な拮抗状態を保っていた。
「驚いたわ。以前の貴女なら今の一撃、剣を振るう暇は無かったのに」
「ハッ……純粋な剣術では、私の腕は未だお前には劣る。こっちはそんな事、承知の上なんだよ」
「やけに素直じゃない。でも牽制にしては殺気が籠っていたけれど?」
「応とも。あの一撃で斬ってやるつもりだったからな。受け流されても構わないように想定していただけだ。それに……」
「……?」
「最後なんだ。たとえ及ばずとも、一矢くらいは報いておきたいからなッ!!」
「クッ……!!」
テミスはフリーディアと剣を打ち合わせたまま、ギシギシと刃を軋ませながら言葉を交わした後、力任せに大剣を振り抜いてフリーディアを退かせる。
直後。剣を振り抜いた体勢のまま跳び退がったフリーディアに追い縋ると、テミスはそのまま切り上げるように振るって追撃を加えた。
「見違えたと思うわ。でも……」
「なにッ……!?」
しかし、フリーディアは余裕の笑みを浮かべてそう呟くと、自らの胴を薙がんと振るわれた大剣の腹に、自らの剣の柄頭を打ち合わせて弾いてみせる。
そしてそのまま、フリーディアは剣の切っ先をピタリとテミスへ向けると、皮肉気な言葉と共にその顔面に目掛けて鋭い突きを返す。
「まだまだね。読みやすい素直な剣だわ」
「チィッ……!!」
まさに会心の一撃。
放たれた突きを阻む手段も無く、打ち込んだ後では後ろに退く事もままならない。
だが、テミスは首を全力で傾けてフリーディアの突きを躱し、脳天を貫くはずだった必殺の一撃を頬が裂かれる程度の傷に留めてみせた。
「相変わらず……とんでもない反応速度ねッ!!」
けれど、その一手で攻守は一気に逆転し、連続して繰り出されるフリーディアの刺突に対して、テミスは返す太刀を振るう事ができず、一歩、また一歩と退がりながら、時には躱し、時には大剣の腹で受けて凌ぐ事しかできなかった。
「忌々しいが、これくらいしか取り柄が無いものでなッ!!」
「ごっ……!? ッ……!!」
「グゥッ……!? フリーディアッ!! お前ッ……!!」
そんな嵐の如き連続突きの合間を潜り抜け、放たれたテミスの拳が深々とフリーディアの腹へとめり込んだ。
だが、フリーディアは苦し気な息を吐きながらも、打ち込まれた拳打を堪え切り、突き出した剣をそのままテミスの肩口へと押し付けて浅く食い込ませる。
「私の勝ちよ! テミスッ!! 私がこのまま剣を引けば貴女は――」
「――ククッ!! やってみろ」
「ッ……!!! このッ!!」
互いに一撃づつを加えても、それは決めの一撃には程遠い攻撃。
しかし、フリーディアは勝ち誇ったように唇を歪めて自らの勝利を宣言した。
それに対し、テミスは自らの肩に浅く刃を埋める剣など歯牙にもかけず、逆にフリーディアの宣言を嘲笑うかのように喉を鳴らすと、戦いの手を止めずにフリーディアの腹に突き込んだままの腕に力を込める。
事実。肩口に刃が食い込んでいようと、それは決着などでは無かった。
「ごォ……ハッ……!?」
ズドン。と。
フリーディアは自らの腹の前で爆弾が破裂したかのような衝撃を受けると、テミスを斬り付けた剣でその身を裂く暇すらなく、苦悶の息を吐きながら小さく吹き飛ばされる。
「ッ……!! 何……がッ……?」
「フゥゥゥゥゥ……ッ!!」
あんなに近付いていた状態では大剣なんて使えないはず……でも、逆の手は確かに私のお腹を捉えていたのにッ!!
息を吸い込む事すらできない苦痛の中、フリーディアは予想だにしなかった一撃の正体を探して必死で目を見開いていた。
だが、いくら探したところでフリーディアの眼前には、固く握り締めた拳を突き出し、大きく吐くテミスが居るだけで。
結果。謎の一撃の片鱗すら掴む事すら出来ず、フリーディアは着地と同時に数歩よろめいて体勢を崩した。
その刹那。
「終わりだッ!!!」
「――ッ!!!」
その目にギラリと鋭い光を宿したテミスは、大剣を背負うようにしてそのまま前へと飛び出すと、大きな隙を見せたフリーディア目がけて片手で強引に大剣を振り下ろしたのだった。




