1184話 ファント攻略戦
皮肉な話だ。と。
破壊した門を潜り抜けながら、テミスは胸の中で独り言を零した。
都市を護る防壁。そこに設えられた大門は、いわば町を護る上での最終防衛線だ。
これ以上に敵の侵攻を許してしまえば、必然的に市街戦へと移行する事になり、護るべき町が戦渦に見舞われる。
それが意味するところは、防衛戦を展開するうえでこれまで最大の味方であった時間が、敵に回るという事で。
ここを越えられた時点で、既に戦には敗北していると言っても過言ではないのだ。
「……そう徹底してきた筈だが、まさかこうもあっさり抜けるとはな」
見るも無残な姿に変わった門を見上げると、テミスは溜息まじりにひとりごちる。
一応、大扉を抜いた斬撃が町まで破壊してしまわないように、扉を破壊する為に用いた技は、全力を込めた新月斬に留めたのだが。
どちらにしても、私が自身の手でこの町を護る為の門を破壊したという事実に変わりはない。
「我々の側から見れば、さしずめファント攻略戦といった所か」
背後から馬車が進む音が聞こえてくるのを確かめながら、テミスはクスリと怪し気に微笑みを浮かべた。
よもや、先程迎撃に出てきた連中が防衛戦力の全てという訳では無いだろう。
あの部隊には、黒銀騎団の基幹部隊である第一分隊に属する連中はおろか、白翼騎士団の基幹要因であるミュルクやカルヴァスさえ見当たらなかった。
それが意味するところとはつまり、指揮官であるフリーディアが市街戦を選んだという訳で。
「そこまで堕ちたか……フリーディアッ……!!!!」
テミスはミシミシと歯を食いしばると、熱い息を漏らしながら怒りを迸らせた。
確かに、ファントの人たちが住む家屋が立ち並ぶ市街の中での戦いならば、私の月光斬を封じるだけでなく、細い路地へ逃げ込めば大剣を振るう事さえままならないだろう。
そこをフリーディア率いる精鋭部隊にでも襲われれば、さしもの私といえど自らの命と町の住人の生活の二択を選ぶ羽目になる。
「…………」
だが。そこまで理解した所で、テミスは自らの脳裏に僅かな違和感が過ったのを感じて足を止めた。
この作戦は確かにある程度の効果を見込む事ができるが、誇りなど欠片すら無くあまりにも卑劣だ。
そんな作戦を、はたしてあの脳味噌の中に花畑でも広がっているかと思う程に夢想家なフリーディアが思い付くだろうか?
奴ならばそれこそ、衛兵連中を含むすべての戦力を防壁の前へと集結させ、総力戦の構えなんかを取りかねない筈だが……。
どう考えてもおかしい。フリーディアが指揮を執っているにしてはあまりにも現実的過ぎる。ならば何か……? ヴァイセの言っていたマモルとかいう名の特別顧問に指揮権を預けたのか?
「馬鹿な……流石にそんな事あり得――」
「――テミッ……スゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!」
「ッ……!?」
疑惑が想像を呼び、テミスの中に予測と呼ぶにはあまりにも馬鹿馬鹿しい仮定が導き出された時だった。
突如として甲高い裂帛の叫びが響き渡ると、怒りに顔を歪めたフリーディアが単身、剣を抜き放った格好で、その切先をテミスへ向けて猛然と突進していた。
その声に、テミスは半ば反射的に背中に収めていた大剣を抜き放つと、突撃してくるフリーディアを迎撃すべく構えを取る。
「……何なんだッ!? ここで単騎特攻だとッ!?」
馬鹿馬鹿しいにも程がある。ここでフリーディアを単騎で突撃させるのならば、わざわざ町の中におびき寄せた意味が無い。
しかし、テミスはあまりにも無意味なフリーディアの攻撃に混乱しながらも、真っ向から叩きつけられたフリーディアの斬撃を受け止めて、甲高い金属音を響かせた。
「テミスッ!!! 貴女よくも……!! よくも私の前に顔を出せたわねッ!!」
「それはこちらの台詞だフリーディアッ!! 少し留守を任せただけで随分と付け上がってくれたなッ!!」
「ふざけた事をッ……!! 自分を信じてくれていた部下を……共に戦った仲間をその手で殺しておいてッ!!」
「ッ……!!! お前がそうさせたんだろうがッ!!! 図に乗るなよッ!!」
そのまま、テミスとフリーディアは互いに罵り合いながら、凄まじい剣戟を繰り広げはじめ、大剣が豪快に宙を薙ぐ鈍い音と、剣が空を裂く甲高い音と共に、激しく打ち合わされる剣が金属音を奏でると同時に火花を散らせる。
そして数合打ち合った後。
フリーディアの言い放った一言にテミスは怒りを滾らせると、その顔面を目がけて渾身の力で大剣を振り下ろした。
だが……。
「そんな大振り……私に当たる訳ないでしょうッ!!」
「……ッ!!!」
ドゴォッ!! と。
大剣は凄まじい音を響かせながら石畳を粉々に割り砕き、重厚な鎧すら両断する程の威力の込められたテミスの斬撃がフリーディアを捉える事は無かった。
しかも、渾身の一撃の代償にその刀身を深々と地面に埋めた大剣傍らでは、既にフリーディアが反撃の構えを取っており。
直後。怒りの籠められた咆哮と共に、フリーディアは無防備となったテミスへ向けて剣を振り下ろしたのだった。




