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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1183話 穢れた翼

 フリーディアにとって、名を知り、好悪を知り、縁を結んだ仲間達が打ち倒されていくのをただ見守り続けるのは、地獄にも等しい責め苦だった。

 時間にすれば、たかだか五分を少し過ぎる程度の短い時。

 しかし、その時は苦悩と憎しみと悲哀によって無限と思われるほど長く引き伸ばされ、フリーディアは時に小さく声を上げながら、時に自ら唇を噛み破りながら堪え続けていた。

 避難はまだ終わらないのッ!? 何をもたもたしているのッ!?

 焦りが余裕を失わせ、フリーディアの心を酷くささくれ立たせ、怒りと焦燥が入り混じった感情の迸りが、震えとなってカチャカチャと身に纏う甲冑を鳴らし始めた頃。


「報告ッ!!」

「避難はッ!?」

「は、はいっ……!! 第三分隊の担当していた区画が少し遅れましたが――」

「――終わったのッ!? 終わってないのッ!?」

「ッ……!! か、完了しましたッ!! 非戦闘員の避難は完了しましたッ!!」


 防壁の下から掛け上がってきた伝令の兵が全ての報告を紡ぎ終える前に、焦れ切っていたフリーディアは怒声を浴びせかける。

 すると、伝令の兵はビクリと身を縮こまらせた後、悲鳴にも似た上ずった声を張り上げて報告した。

 刹那。フリーディアは皆まで聞き終える前にその身を翻して防壁の上から眼下の戦場を覗き込むと、そこでは丁度テミスと戦っていた部隊の最後の兵が、強烈な大剣の一撃を受けて力尽きた所だった。


「ぁ……」


 伝令は簡潔に、迅速に。

 崩れ落ちる兵士の姿を遠目に眺めながら、フリーディアの脳裏に肩を並べて戦っていたテミスが、伝令の兵達に逐一怒鳴りつけていた言葉が浮かんでくる。

 当時の私は、そんなに厳しく叱らなくてもだなんて庇っていたけれど、まさかそんな形で理由(・・)を見せ付けられるなんて……。


「ッ~~~~!!! 伝令ッ!! 余計な事を喋らないッ!! 簡潔に、迅速に情報を伝えなさいッ!!」

「ヒッ……申し訳ありませんッ!!」


 結局の所、彼等の血と命を賭した時間稼ぎは成された。だが、その代償はあまりにも大きく、フリーディアは『敵』を倒し切り、大剣で宙を薙ぐテミスの姿から視線を外すと、やり切れぬ想いを吐き出すかのように、未だに留まり続けていた伝令の兵を一喝した。

 もう少し……あと僅かに伝令が早ければ、彼だけは救えたかもしれない。

 そんな一抹の可能性に縋るフリーディアの一喝が孕んでいた気迫は獣の如き迫力で。

 それを受けた伝令の兵は、恐怖に頬を引き攣らせながらその場にへたり込むと、後ずさりをしながら謝罪の言葉を口にする。


「私が出るわ。もう問題はない筈よね?」

「……そうだね。よく堪えた。その怒り……悲しみの全てを、元凶(テミス)へぶつけてやると良い」

「っ……!!」


 フリーディアは迸る怒りに任せて伝令の兵の横をすり抜けて駆け出しかけるが、すんでの所で足を止め、静かに佇んでいる男を振り返って問いかける。

 しかし問いながらも、その片手は既に剣の柄を握り締め、鞘へと添えられた一方の手は既に鯉口を切っており、留まる意志など無い事を雄弁に物語っていた。

 その意を汲んだのか、男は静かに微笑みを浮かべると、小さく頷いてフリーディアへと労いの言葉を口にする。

 だが、その頃には既にフリーディアは脱兎の如く駆け出しており、紡がれた言葉は全て男の独白と化した。


「クッ……!!」


 数段飛ばしで階段を駆け下り、壁を蹴って全速力で地上へと向かいながら、フリーディアは口惜し気に食いしばった歯の間から息を漏らす。

 さっき伝令の兵士に告げた言葉は、思い返せば思い返す程、まるでテミスそのものだった。

 それはまるで、自分が間違っているのだと、あの皮肉気な笑みで嘲笑われているかのようで。


「違うッ!! 正しい判断だった。だって……仕方が無かった。私は皆を護らなきゃいけないもの。あれが最善。現にギリギリだったけれど、町の人の避難は完了したッ!」


 フリーディアはブツブツと早口で呟きを漏らしながら、己の内側から響く皮肉気な声を否定すると、最後の数段を飛び降りて再び駆ける。

 そんな事をしても、ズキズキと胸を蝕む痛みが消える事は無かったが、現実として町の人々の安全を護る事ができたという結果は、フリーディアの心に幾ばくかの余裕を与えた。


「……でも」


 ポツリ。と。

 微かな震えを帯びた声でそう零すと、フリーディアは固く閉ざされた門の前で立ち止まる。

 だったら何故、こんなにも胸が苦しいのだろう。自らの選択が正しいことは理解している。多くの人々の命を救った。それはとても誇らしく、貴いことの筈なのに……。


「――ラァッ!!!」

「……ッ!!」


 しかし、胸の中に舞い降りたその迷いは、地を揺るがすほどの巨大な爆発音で吹き飛ばされる。

 同時に、フリーディアの前にそびえ立っていたはずの巨大な門は、まるで幾度も破城槌撃ち込まれたかのように無残な姿を晒していた。

 その渦中。もうもうと立ち込める粉塵を纏いながら、打ち破られた門を潜ってきた人影を目にした瞬間。フリーディアの脳裏は一瞬で湧き上がる怒りへと塗り替えられる。


「何……やってるのよッ……!!! そもそも貴女がこんな事しなければッ……! 皆を殺さなければッ……!!!」


 一度溢れ出た怒りはドロドロと煮え滾る溶岩のように留まる事を知らず、怨嗟の呟きがフリーディアの口をついて零れ出す。

 その怨讐に突き動かされるように、フリーディアはシャリンと涼やかな音を奏でて腰の剣を抜き放つと、ギラギラと鋭い光を宿した瞳で人影を睨み付けながら、一直線に飛び込んでいったのだった。

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