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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1179話 穏やかなる前夜

 動乱の一日が過ぎ、騒がしい客人たちを迎えたラズールにも夜の帳が落ちた頃。

 テミスは一人、停められた馬車の屋根の上に座り、静かにファントの町の方角を眺めていた。


「…………」


 北方の地の身を切るような強烈な寒さとは異なる、じわじわと蝕むような夜の寒さにテミスは微かに身を震わせる。だが、物思いにふけるテミスを現実へと引き戻す程の威力は無く、静やかに揺れる瞳がファントのある方角から動く事も無かった。

 今でもまだ信じ難い。否……到底信じる事などできる筈もない。

 あの、頭の中に花畑でも咲き誇っているかのようなお人好しが、あろう事か略奪に手を染めるなど。


「フリーディア……」


 事がここへと至った今だからだろう。こうしてただ静かに名を呼ぶだけで、あの忌々しいながらも何処までも真っ直ぐなあの顔が容易く思い浮かべられる。

 馬鹿正直に人を助け、ただ救う為に剣を振るうのがお前ではなかったのか?

 人も魔族も等しく笑い合い、真の平和な世を目指すと宣ったのはお前だろう?

 泡の如く湧き出てくる思いは弾け、この場に居ないフリーディアへと向けられたもどかしい問いへと変わっていく。


「…………」


 その博愛(セイギ)を信じたはずだった。

 だからこそ、私は共にあの町を護る者として、留守を預けたというのに。

 (テミス)とは何もかも真反対で、背中合わせのお前(フリーディア)だから託したのだ。

 決して実現するはずもない馬鹿げた夢……最善ばかりを詰め込んだその理想を愚直に追い続けるお前ならば、平穏の証たるあの町を任せるに足ると。……悪を斃す事しかできない私とは違って。

 だというのに……何故……ッ!!


「何をしているッ……!!! フリーディアッ……!!!」


 血を吐くような慟哭が口から零れ、テミスは腕が震えるほどに強く……固く拳を握り締めた。

 例えフリーディアが無実であったのだとしても。あの穏やかで優しいファントの人々が、他者を虐げ、他者から奪い、奪われた者達の涙を啜って笑っている……。


「ウッ……!?」


 そう考えただけで、テミスは激しい拒絶感を覚えると共に、喉を灼きながら腹の奥からせり上がってくる吐き気に、パチンと掌で口を覆った。

 しかし、吐き気を覚えたとしても決して吐く事は無い。テミスは喉元までせり上がった灼熱の液体をすんでの所で無理矢理呑み下し、嫌悪感に浸りながら荒い息を繰り返す。


「ッ……! ハァッ……ハッ……! だが、真実なら……」


 否。真実なのだろう。

 一縷の望みと共に零した言葉を、テミスは胸の内で静かに否定しながら、じくじくと痛む自らの心を凍て付かせていく。

 たとえ身内であろうと、今回の一件は洒落や冗談、気の迷いなどで許されていいことでは決して無い。

 ならばせめてこの手で。

 そう決意を固め、テミスは固く握った拳を開くと、ファントの方向へと掲げて再び握り締めた。

 その時。


「やぁ……ここだったのか、テミス」

「……ルギウス」


 響いた声にテミスが視線を向けると、サクサクと整えられた芝生を踏みしめながら、酒瓶と二つのジョッキを携えたルギウスが歩み寄ってくる所だった。

 その顔には、いつもと変わらぬ穏やかな笑みが浮かべられており、酒瓶を軽く持ち上げた動作だけで、共に酒を酌み交わそうという意図が伝わってくる。


「探し回ったよ。用意した宿にも、近くの酒場にも居ないんだから」

「それはすまなかったな。しかし……見ての通りこの馬車は借り物なんだ。不埒な輩に盗まれでもしたらことだ」

「フフッ……相変わらず嘘が下手だね。勿論、特別見張りの兵を立ててはいるさ。君が気付かない訳が無いだろう?」

「フン……」


 誘われるがままに、テミスは馬車の屋根から飛び降りると、不機嫌そうに鼻を鳴らして言葉を返しながら、広場の片隅に設えられたが如く並んでいる岩の上へと腰を掛けた。

 するとすぐに、隣に腰を掛けたルギウスは酒瓶から暖かな湯気の立つ酒をジョッキに注ぐと、穏やかな笑みと共にテミスへと差し出す。


「この町で作ったホットワインさ。温まるよ」

「知っている」

「そうだね」

「…………」


 カツン。と。

 短い言葉を交わしながら、テミスは自らの分を注ぎ終えたルギウスとジョッキを軽く打ち合わせ、程よく暖められたワインを喉の奥へと流し込んだ。

 その瞬間から、ブドウの豊かな香りと仄かなアルコールの刺激が鼻腔をくすぐり、喉を通り過ぎていく熱い液体が腹の中で体温へと変わる。

 寄越されたワインを噛み締めるように味わうテミスの傍らでは、ルギウスが己もワインを口にしながら、気遣わし気な視線をテミスへと向けていた。


「フゥ……」

「……。その……大丈夫かい?」

「何がだ?」

「問い詰めた僕の言える事ではないけれど……今の君は、随分と気負っているように見える」

「気の所為だろう。私はただ、自らの住む町へと帰るだけだ。何を気負う事がある?」

「ッ……!! まさか君は……ッ!? いや……君がそうと決めたのなら、僕は何も言うまい」


 酷く言い辛そうに口を開いたルギウスの問いに、テミスは悠然と笑みを浮かべて言葉を返した。

 その答えに、ルギウスは突然頬を殴られたかのように驚きを露にするが、すぐに唇を噛み締めて零れかけた言葉を呑み込んだ。


「どうか無事で……友よ」


 その言葉の代わりに、先程打ち合わせたばかりのジョッキを差し出しながら、静かな口調で思いを紡ぐ。


「……あぁ。ありがとう。ルギウス」


 そんな友の言葉に、テミスはクスリと笑みを浮かべて手にしたジョッキを再びコツリと打ち合わせて応えると、暖かなワインを口いっぱいに流し込んだのだった。

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