1173話 長筒持ちの襲撃者
突如として現れた岩の壁と、吹き荒れる暴風の膜が馬車を包み込むと、一拍を置いてから長閑に街道を行き交っていた人々の間に悲鳴と混乱が巻き起こる。
無論。渦中にあるテミス達とて例外ではなく、御者台に腰を下ろしていたテミスは一足飛びに屋根へと駆け上がると、ずるりと引き摺り出した大剣を振るって、街道の上に現出させた岩の壁を割り砕いた。
「っ……!! ヴァイセ! 無事か!?」
「はいッ! 何とか……!!」
「よし……!! 連中は……!」
馬車を守り切ったことを確認した後、テミスは顔を上げて背後の追跡者たちへと鋭く視線を向ける。
そこでは、馬上で長い筒を携えながら、その先端から何やら内部へと何かを注ぎ込んでいた。
「先込め式か……。数は一人一丁。相手をするならば大した事は無いが……」
「あれは銃……ですよね……。出所が気になりますが……」
「そんなモノ、一つしかないだろう」
ヴァイセの呟きにテミスは吐き捨てるようにそう返すと、馬車の屋根の上で横薙ぎの体勢で大剣を構えた。
少し考えれば理解できる。何処ぞの間抜けな冒険者将校……転生者が、後先を考えずにあの世界の呪われた知識を世に放ったのだろう。
だが、それを所持しているのが正規の軍人ではなく、冒険者のような風体をした野盗であるのが引っ掛かった。
所詮は旧時代に作られた黴の生えた遺物。雑兵に使わせたところで、倒してしまうのは容易いが……。
「え……えぇっと……テミスさまぁッ……!!」
敵の狙いが分からない。
だからこそ、テミスもヴァイセも意識を背後の敵へと集中させていたのだろう。
そんなテミス達の耳に、足元から戸惑いの混じったハクトの悲鳴が届いた頃には、前方から速度を落として間近まで近付いてきていた一騎が、その手に携えた銃の銃口を何も知らないハクトへと向けた瞬間だった。
「ッ――!! 伏せろッ!!」
「あっ……!?」
刹那。
再び乾いた一発の銃声が響くと共に、テミスは即座に屋根の上から御者台のハクトへ向けて飛び掛かるようにして飛び降りた。
同時に、テミスはそのままハクトを守るようにその身の上へと覆い被さると、放たれた弾丸を躱すべく御者台の上へと押し倒して身体を伏せる。
「グッ……!!!」
しかし。
テミスは御者台にハクトを押し付けたまま、肩に走る痛みに堪え切れず呻き声を漏らした。
「テミス様ッ!!」
「構うなッ!! お前は防御に徹しろ!! 第二射が来るぞ!」
「ッ……!! はいッ!!」
ぱたぱたと音を立てて御者台の上へと滴る血に構わず、テミスは焦りの声を上げるヴァイセを怒鳴り付けると、自らは眼前でニンマリと嫌らしい笑みを浮かべ、腰の剣を抜き放つ男を睨み付けた。
「血ッ……!? テミ――」
「――身を低くして馬車の操縦に集中していろ。奴は私が何とかする」
数瞬遅れて、テミスの負傷に気が付いたハクトが声を上げるが、テミスは口を開いたハクトが言葉を紡ぎ切る前に指示をかぶせると、大剣を手にゆっくりと身を起こす。
「おぉっと! この距離で俺を殺せばどうなるかは分かるだろ? そのままゆっくりと馬車を止めて貰おうか」
「…………」
だが、戦う意思を見せたテミスに男は勝ち誇った笑みを浮かべたまま高らかに吠えると、脅すように手にした剣でテミス達の馬車を牽く馬を指し示した。
確かに、馬車を牽く馬の鼻先まで肉薄したこの状況で、ただ眼前の男を斬ったとしても、肉塊と化した男と馬が馬車を牽く馬の足や車輪に絡まってしまい、転倒する危険性があるし、足が止まる事は免れないだろう。
それが分かっているからこそ、ハクトを殺して馬車の制御を奪うのに失敗した今も、男はこうして下卑た笑みを浮かべているのだ。
「いやぁ……まさかこの俺が、悪名高いテミスに一撃を入れる事ができるなんてなぁ……」
「ハッ……!! 見下げ果てた陶酔だ。せいぜいそのチンケな満足感を誇りながら死んで行け」
「あァ……? ベラベラうるせぇんだよ!! 負けた奴は黙って俺の言うこと聞いてろッ!! この馬斬り殺して無理やり止めてやっても良いんだぜッ!?」
しかし、不敵な笑みを浮かべたテミスが静かな言葉を返すと、男は唾をまき散らしながら怒鳴り声をあげ、抜き放った剣を高々と振り上げた。
その瞬間。テミスは大剣を小脇に構えたまま御者台を蹴って前へと跳ぶと、そのまま男の駆る馬の背へと跳び移った。
無論。手にした大剣がその狙いを違う筈もなく。
テミスの尻が馬の背へ付くと共に、漆黒の大剣はドズリという鈍い感触をテミスの手へと伝えながら、音もなく男の背を貫いたのだった。




