1164話 友の問い
十数分後。
テミスたちの陥っていた混沌とした惨状は、後から駆け付けたヤタロウの手によって正常化され、今一行は新たな部屋へと場所を変えて肩を並べていた。
だが、テミスをはじめとする一同の空気は非常に重く、まるで親に叱られている子どものように、各々が気まずそうに虚空へと視線を泳がせている。
「それで……? まずは一つづつ、説明をして貰えるかい? テミスから」
「あ……あぁ……。私は報せを受けてすぐにここへと向かったのだが、その際にヴァイセが暴れていると聞いたんだ。だから……一刻も早く止めなければ……とだな……」
「……窓をぶち破って駆け付けた訳だ」
「うっ……!! そう……その通り……です……」
ヤタロウが説明を促すと、テミスは僅かに肩をすぼめ、言葉を途切れさせながら言葉を紡ぐ。
今でも、己の判断が間違っていたとは思わない。だが、実際にこうして何の被害も出ていなかったのだから、酷く居心地が悪い上に嫌な汗が溢れてくる。
胸の中で密かにそう零しながら、テミスはチラリとヤタロウへと視線を向けると、そこにはいつも通りのにこやかな笑みを浮かべたヤタロウが、静かにテミスを見つめていた。
「解った。それで? ヴァイセ君……だよね? 君はどうだい?」
「俺はッ……!? い、いえっ! 私は……確かに目が覚めた当初は、混乱して手を上げてしまいました。ですが決して!! 決して害意があった訳では無くッ!!」
「いいよ。でもそうすると、君の行動とテミスの行動はどうにも噛み合わない。こうして話してみても理性的で……危惧するような人柄だとは思えないけれど?」
「あっ……!! ぅ……その……」
続けて、水を向けられたヴァイセが普段通りの口調で話し始めるが、隣に座るテミスに脇腹を小突かれて、慌ててその口調を改める。
しかし、眼前に居る男が何者であるのかも知らず、この場の状況すら呑み込めていないヴァイセにできる事といえば、全ての真実を話す事だけで。
故にこそ生じてしまった矛盾を突かれ、ヴァイセは助けを求めるようにテミスへと視線を向けた。
「ハァ……仕方ない。お察しの通り、このヴァイセは我等の擁する中でも極めて優秀な兵の一人だ。その気になれば、この建物の中に居る連中くらいならば、一人で皆殺しに出来るだろう」
これ以上隠し通しても益が無い。
こうして問題となってしまった以上、ある程度筋の通った説明をする必要があるだろう。
ヴァイセの視線を受けながらそう判断したテミスは、小さくため息をついた後、真正面からヤタロウを見据えて口を挟んだ。
「なるほど。ならばテミスが焦るのも理解できる。流石に友好を結んでいるとはいえ、ミチヒト達を皆殺しにされては、国として黙っている訳にはいかないからね。それで……君としても相違ないかい?」
「へっ……? あ、は……はいっ!!」
「ふむ……となると今度は、それ程の力を持つ君が錯乱したというのに、一人の怪我人すら出ていないというのも不思議なものなのだけれど……」
「ま、待って下さい!! 俺……私だって、錯乱していたとはいえ誰彼構わず殺しにかかるような狂人ではありません!! 加減するくらいの分別はあります!!」
「……だってさ? テミス」
「っ……何が言いたい?」
テミスの言葉を受けたヤタロウはクスリと不敵な笑みを浮かべると、じとりとした視線をヴァイセへと向けて問いを重ねる。
その疑いの視線に、ヴァイセは再び焦りと共に口を開くと、己が本心に従って彼自身の主張を並べた。
そして、ヴァイセの主張を聞き終えたヤタロウは数度深く頷いて理解を示した後、にっこりと笑顔を浮かべてテミスへと視線を戻すと、穏やかに首をかしげて言い放った。
「ふふ……別に……? さて……君達をイジめるのもこれくらいにしておこうかな。各々の誤解は解けたみたいだし、その表情から察するに、壊れた窓の対価として秘密主義のテミスから教えてもらうには、ヴァイセ君の情報は十分過ぎるくらいらしい」
「っ……!! 申し訳ありませんッ!! お、俺ッ……!!」
「ハァ……良い。私の失態だ」
だが、続けられたヤタロウの言葉にヴァイセが息を呑んで項垂れると、テミスは小さくため息を零してクシャリと自らの前髪を掴む。
ヴァイセの所為ではない。ただ不幸な行き違いがあっただけ。……否。私がもう少し、ヴァイセの事を信用していれば防げた事だ。しかし、幸いなことに漏れた情報は最低限で済んだ。
己の失策に、テミスがそう決着を付けようとした時。
「あとはヴァイセ君が持って来たお話に同席させて貰えれば満足かな?」
「ヤタロウ!! 貴様調子に乗るのもいい加減に――」
茶化すようにヤタロウが言葉を付け加えると、限界を超えたテミスが気炎を上げる。
「――大真面目さ。何があろうと悪いようにはしないと誓うよ。こうでも言わないと、君は私達に国を救われた恩返しをさせてくれないだろう?」
しかし、そんなテミスの怒声すら遮って。
突如として底知れぬ威圧感を迸らせたヤタロウは、真正面からテミスを見据えてそう問いかけたのだった。




