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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1158話 神速の刀

 激烈。

 開始と同時にテミスの放った一撃は、まさにそうとしか表現できないものだった。

 生来、動体視力に優れた獣人族の目を以てしても影すら捉える事のできない超高速は、幼少の頃から武芸に励んだシズクですら、動作の起こり(・・・)と打ち込んだ後……その僅かな動きを見るに留まっていた。

 それは、シズクよりも数歩先を行くトウヤやユカリですら同様で。

 ましてや、見物人の大半を占める武芸に励んでいない者達にとっては、刹那にしてテミスの姿が掻き消えたかと思ったら、次の瞬間には既にコハクと打ち合っていた。

 そんな、理解しがたい現象として映っていた。


「……見事な迅さだ」

「フン……易々と受け止めておいて良く言う」


 だが、相対するコハクは顔色一つ変える事無く、神速を以て打ち込まれたテミスの木刀を悠然と受け止めている。

 テミスの放った一撃は横薙ぎの一閃。しかし、地面と水平に木刀を構えたテミスの構えから予測できるものではなく、それはコハクの眼がテミスの迅さを捉えているという何よりの証拠だった。


「侮る気は無い」

「っ……!!」


 ぎしり。と。

 木刀を打ち合わせたまま、コハクはテミスと短く言葉を交わした後、緩やかに身体を退いて刀身を滑らせる。

 その一連の洗練された動きは極めて自然に、そして素早く行われ、テミスが危機を察知した頃には既に、コハクの木刀の切っ先がテミスの顔面に向けて放たれる直前だった。


「クッ……!?」


 刹那。

 咄嗟に上体を反らしたテミスの鼻先を掠めて、コハクの放った鋭い刺突が通り過ぎていく。

 これ程の速度の打ち込みならば、最早刃が付いていようがいまいが関係ない。打つたれれば身体は千切れ切れるし、突かれれば抉り抜かれるだろう。

 だが、コハクの一撃はそれだけに留まらなかった。

 僅かに遅れて、パァン……! と。空気が破裂する音と共に、強烈な剣風が細やかな鎌鼬となって、テミスの頬を浅く切り裂いたのだ。


「チィッ……!! 躱し切ってこれかッ!!」

「フッ……」

「ウッ……!?」


 頬を走った痛みにテミスは鋭く舌打ちをすると、後ろへと仰け反った勢いを利用して身体を回転させると、クルリと後方宙返り(バク宙)の要領で跳び退がった。

 しかしその頃には、突き出されたはずのコハクの木刀は既に彼の身体の側にまで引き戻されており、その切先はさながら引き絞った弓に番えられた矢尻の如く、退いたテミスの眉間を睨み付けていた。


「ッ……!!!!」


 そこから繰り出されるのは音越えの一突き。

 先程の緊急回避で崩れた今の体勢で躱す事はできない。ならばッ……!!

 瞬時にそう判断したテミスは、自らの眼前で木刀を縦に構えると、峰に手を添えて防御の構えを取った。

 直後。


「グッ……!! クッ……!!」

「これも受け切ってみせるか」


 再び鈍い音が響き渡るとそこには、大きく踏み込んで第二撃を放ったコハクの木刀を、真正面から受け止めるテミスの姿があった。

 その打ち合いは時間にして数秒にすら満たないものではあったが、見物人へ与えた衝撃は凄まじく、木刀が打ち合わされた音が反響して消えると、ざわざわと困惑の声が漏れ始める。


「なんだよ……あれ……」

「嘘……? 人間じゃなかったの?」

「何が起きたんだ……? 全く……見えなかった……」


 一度広がり始めたざわめきは瞬く間に喧噪へと姿を変えるが、テミスとコハクは互いに木刀を打ち合わせた格好のまま微動だにする事は無かった。

 だというのに。二人の間に流れる異様なまでに張り詰めた緊迫感が解かれる事は無く、テミスの頬を音もなく冷や汗が滴り落ちる。


「ッ……!」


 迂闊には動けない。

 突き出された木刀の切っ先を受け止めた格好のまま、テミスはゴクリと生唾を呑み込んだ。

 やはり、純粋な剣技はコハクの方が圧倒的に上手だ。だからといって、速さと力に任せた力圧しの剣で攻めれば、先程のように手痛いしっぺ返しを食らう事になる。


「…………」


 テミスが先程の打ち合いを元に慎重に様子を窺う一方で、コハクもその内心を揺るがす戦慄に静かに抗っていた。

 あの神速の一刀は明らかに人間の域を超えている。万全の構えで迎え撃つことができたが故に返す事はできたが、今こちらの攻め手は伸び切っている。

 だが、刀を繰る速度やこちらの攻撃を見切る反応こそ速いものの、動きは粗削りだ。ならばあえて先手を打たせ、改めて後の先を制して一太刀を入れることは出来るだろう。


「…………」

「…………」


 じわじわと凄まじい緊張感が集中力と体力を蝕んでいく中。テミスとコハクは見物人たちが言葉を交わす雑音など聞こえないかのように、木刀を合わせたまま鋭い視線で静かに睨み合うのだった。

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