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106話 苦悩と胎動

「クソッ……一体どうなっている……」


 ロンヴァルディアに辿り着いてから三日目の夜、テミスはフォークに歯を立てながら呟いた。

 昨日今日と凍結されたという白翼騎士団の連中を探して歩いてみたものの収穫は無く、わざわざ貴族区画にもぐり込んでまで連中の詰め所を覗きに行ったにも関わらず、詰め所は完全に閉鎖されており情報一つ得る事はできなかった。


「ここまで情報が出て来ないのはどう考えてもおかしい……」


 ブツブツと苛立ちを零しながら、テミスは夕食の角肉をひとかけら口の中に放り込んだ。いまやこの宿で出される夕食だけが、荒んだテミスの心を癒す唯一の清涼剤となっていた。


「意図的に潜っていると考えるべきか……? だが、何故……?」


 アトリアからの連絡もいまだに無い事を考えると、あちらもあちらで難航していると考えるべきだろう。

 だが、この情報封鎖の度合いは異常だった。人が一人身を潜めるだけでも、飯を食ったりと生活を営んでいる以上、何かしらの痕跡が残るはずだし、騎士団連中を監視している輩が居るのであれば更にその存在は濃密に臭い立つはずだ。


「連中……監禁でもされているのか……?」


 行き詰った思考が行きつく先は、いつも同じ所だった。生活の痕跡が残っていない以上、白翼騎士団が従順に謹慎しているとは考え難い。しかし、それを追尾する連中の姿も無いとなると、それが必要のない環境……つまり、どこか一か所に白翼騎士団をまとめて捕えているくらいしか思い付かない。


「だが……それならそれでお題目を唱えそうなものだがな……」


 テミスは呟くと椅子の背もたれに身を預け、深いため息と共に目を瞑った。

 町を歩き回るのは構わないが、ここまで収穫が無いとかなり堪える。肉体的な疲労だけでなく、精神的な負荷も相当なものだ。

 それでも尚、テミスは休むことなく思考を巡らせ続けた。処刑というタイムリミットが存在する可能性がある以上、あまり悠長に構えている暇はない。


「逆だ……もっと柔軟に思考しろ……外に痕跡を漏らす事無く生活ができ、特別に監視の目も必要のない場所……」


 テミスはうんうんと唸りながらも脳を振り絞ったが、結局その日に妙案が降りてくる事は無く、宿屋の主人がその姿を心配気な眼差しで見守っていたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――一方そのころ。王都ロンヴァルディア某所。


「ん~……ここまで派手に動かれると、他に真意があるように見えてきちゃいますねぇ……」


 薄暗い部屋でそう呟いたフィーンの前には、この三日間で集めたいくつものメモが散らばっていた。その中には、明らかに隠し撮りをしたアングルで写っているテミスの写真も含まれていた。


「記事は大好評……細工は累々……ですが疑問が残るのは確かなんですよねぇ……」


 フィーンは喉を鳴らすと、山のメモの下から一枚の大きな紙を引き摺り出した。そこにはデカデカとした文字で、『直撃取材! 王都を救った英雄。リヴィアさんの正体とは!?』と銘打った、あの日のインタビュー記事が載っていた。


「っ……わかりません……わかりませんよぉ……」


 フィーンはそれをぐしゃりと握り潰すと、まるで挫けたかのように机に突っ伏して弱々しい声を上げた。その伏せた頭の先には、彼女がいつも持ち歩いている分厚い手帳が二つ、まるで何かを封じ込めるかのように厳重に革の紐で縛って置かれていた。


「ですが……ここで退く訳にはいきません……」


 むくりと身を起こしたフィーンが静かに呟くと、彼女自身が書いた記事へと目を落とす。その記事は、不本意ではあるがその殆どがフィーンの想像の産物だった。

 あの日のやり取りから連想し、リヴィアが濁した言葉を予想する。リヴィアは、フィーンが今まで記者として生きてきた中で、間違いなく一番手ごわい相手だった。


「隠すと言う事は……何かがあると言う事……」


 フィーンは手に取った万年筆の尻で額を擦りながら、必死の形相で思考を回転させた。

 リヴィアが強烈な二面性を持っているのは間違いない。フィーンはそう確信していた。だが同時に、まるで小骨が喉に引っかかったかのような、そんな僅かな違和感がフィーンの頭を悩ませ続けていた。

 正義を信じる記者として、真実を追い求める記者として……フィーンにとってリヴィアは決して逃す事のできない『異変』であり『異物』だった。


「あの濃密な殺気を放つあなたと、私を気遣わし気に笑うあなた……いったいどちらが本当のあなたなんでしょうか……ねぇ? ……リヴィアさん?」


 虚空に問いかけたフィーンの声は、とっぷりと夜の闇へと沈んだロンヴァルディアに静かに消えていったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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