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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1156話 負けられない理由

 数十分後。

 テミス達はトウヤと新たに案内役として遣わされたユカリに連れられ、一棟の大きな建物の中へと場所を移していた。

 そこには既に大勢の獣人たちが肩を並べて佇んでおり、ガラリと扉を開けて建物へと入って来たテミス達へ、あからさまな敵意の目を向けている。


「それで……? こんな大事になっているという訳か」

「仮にも当主との試合だ。それに、お前達にとってもこちらの方が都合が良いいだろう」

「フン……趣味の悪い奴等だ。私のようなか弱い乙女が打ちのめされる様をそんなに眺めたいものかね? 変態なんじゃないか?」

「か弱い乙女……? まごう事無き戦場で、嗤いながら大剣を振り回すお前が? 冗談だろう? くれぐれも、ウチの武道場を破壊するような真似は止してくれよ」


 ぺたり。ぺたりと。板張りの床を中央へ向けて歩みながら、テミスはトウヤと言葉を交わすと、自らに視線を向ける周囲の者達を見渡してせせら笑う。

 誰も彼も、武術としての試合を見に来たという表情を浮かべてなどいない。

 そこに在るのは嘲笑と侮蔑、そしてこれから起こるであろうイベントへの大きな期待感。

 彼等がここに見に来たのは試合ではない。猫宮家の当主たるコハクが、大嫌いな人間である私を打ちのめすという公開処刑の見物に来たのだ。


「加減はするさ。だが手を抜くつもりは毛頭ない。いや……手を抜いて渡り合える相手ではない事など重々理解している」

「ッ……!! ……ならば良い」


 皮肉気に唇を歪めて答えたトウヤに、テミスは飾る事の無い本心でそう告げる。

 手合わせという名の模擬戦とはいえ、相手はまさしく文字通り一騎当千たる化け物じみた腕前を持つ剣士だ。

 この世界に来てから研鑽を始めた私如きの剣技では、その実力は足下にすら及ぶ事は無いだろう。

 だからこそ。全ての力を使って全力を尽くすのだ。この一戦には、腕の研鑽や誇りが懸かっているだけではなく、これからのギルファーを変え得る未来すら懸かっているのだから。


「テミスさん……ごめんなさい! 私……!!」

「気にするなシズク。だが……」

「わかっている。しかし、出奔したとはいえ猫宮の血に連なる者だ。危惧は理解できるがおいそれと手出しはすまい。……私もそれを許すつもりは無い」

「……なら良い」


 剣呑な空気に晒されるテミスを前に、シズクは目に涙を浮かべて謝罪の言葉を口にした。

 そんなシズクを振り返って、テミスは小さく微笑むと傍らのユカリへと静かに視線を移す。

 シズクとしては、焦れる私にせめてもの気分転換になればと猫宮家(実家)を訪ねるように提案したのだろう。

 だというのに、待ち受けていた結果がこれでは生真面目なシズクの事だ、自分を責めてしまうに違いない。


「丁度こちらにも。負けられない理由が出来た」


 テミスの言葉に頷いたユカリがシズクとカガリを連れ、武道場の片隅へと向かうのを見送りながら、テミスは誰に語りかけるでもなくひとりごちる。

 ヴァイセが目を覚ませば早晩、ギルファーを離れる事になるだろう。それは即ち、ファントからここまで傍らに付き従ってくれたシズクとの別れを意味している。

 ならば最後に、自らの華々しい雄姿を覚えておいて欲しいと思うのは我儘なのだろうか。


「フ……」


 微かに胸を締め付けるような痛みを感じながら、テミスは悠然と武道場の真ん中に佇んだまま、周囲から注がれる視線など歯牙にもかけずに佇んでいた。

 その傍らで、トウヤはこの場で唯一テミスの呟きを耳にしたものの、口元に小さな笑みを浮かべただけで、黙って付き添っている。

 そしてしばらくの間。テミスが一切口を開くことなく、見物人たちの交わす話し声がざわめきとなって武道場の中に響き渡る音に耳を傾けていると。


「待たせたようだな」


 テミス達の入ってきた扉とは別の扉。丁度真正面に位置する扉がガラリと音を立てて開くと、静かな声とともに数人の人影を連れたコハクが武道場の中へと入ってきた。

 そこには、にこやかな笑みを浮かべるヤタロウの姿もあり、武道場を訪れていた者達のざわめきが一気に激しさを増す。


「すまない。ヤタロウ様をお連れするのに少々時間がかかってしまった。それで……あらかたの説明は既に聞いているかな?」

「あぁ……せっかくの機会だ。存分に胸を借りさせて貰うとしよう」


 騒音と化したざわめきの中。コハクはテミスの方へゆったりとした足取りで歩み寄りながら、手にしていた二振りの木刀の片方をテミスへと投げ渡した。

 一方で。真正面からコハクと相対したテミスは、放り渡された木刀がゆっくりと放物線を描いて向かって来るのをチラリと一瞥すると、不敵な笑みを浮かべて頷きながら、パシリと片手で木刀を掴み取ったのだった。

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