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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1152話 思わぬ再会

 ヤタロウに導かれて足を踏み入れた広い部屋は、ともすれば異様に思える光景が広がっていた。

 ツンとした薬品の臭いが漂う部屋の中は、至る所が白い布で覆われており、それらが醸し出す独特の饐えたような雰囲気は、この場所が医療に関する場所なのだという事を声高に来訪者へと告げている。


「…………」

「邪魔をするぞ。運び込まれた者の容態は?」

「っ……!! ヤタロウ様……それに君達も……」


 先頭のヤタロウがこの部屋の主であるミチヒトへと声を掛けると、部屋の隅に設えられている大きな作業机に向かっていたミチヒトは、驚いたように顔を上げて一行を迎えた。

 しかし、一行の中でただ一人、テミスは露骨に眉根に皺を寄せて顔を顰めており、彼女が不機嫌であることは誰にも容易に見て取れた。


「ここは傷付いた者や病んだ者達がその身を休める場所……普段ならばこんな大人数を迎える事は無いのだけれどね……」

「フン……こちらとて、好きで来ている訳では無い。用件が済み次第さっさと出て行くさ」

「テミスさん……!?」

「おやおや……これまた随分と機嫌が悪いようだ。だが……ここではあまり、殺気立たないで欲しい」

「チッ……」


 薄い笑みを浮かべたミチヒトの言葉にテミスは鼻を鳴らして舌打ちをすると、表情こそ不機嫌極まるそれから変わる事はないものの、大きく息を吐くとその身から放たれる一切の気配が断たれた。


「……これで良いだろう? 悪いが、こういった場はあまり好きではないんだ」

「勿論。戦場を駆ける君にとってはそうだろうね」

「いや……。…………あぁ。そうだな」


 テミスは己が気配を断つ事でミチヒトの要求に応えると、鋭い眼差しをミチヒトへと向けて問いかけた。

 だが、返って来たのはテミスの内心を慮っているようではあったが酷く的外れな答えで。

 テミスは一瞬それを正すべく口を開きかけるも、即座にどうでもいい事だと判断してその口を閉ざす。


「…………」


 ここに漂っているのは、充満した死の臭いだ。

 テミスは意味深な微笑を浮かべるミチヒトの視線を避けると、胸の中でひとりごちる。

 かつての自分は病院に訪れる度、ここで苦しむ人たちは自らが護る事ができなかったのだという事実を突きつけられているようで厭だった。

 傷付いた者と親しいものから浴びせられる罵声も、自らが傷付けた犯罪者()を思う者達の恨みの籠った視線も、今は全て過去の事。

 少なくとも、護る事を……救う事を放棄した今の私は、誰かを思い、救うべき者達が居るべきこの場に、こうして立っている資格は無いのだろう。


「兎も角、我々は急ぎその旅人を確認をする必要がある」

「承知していますよ。本来ならば、患者の意識が戻るのをお待ちいただくのですがね」

「悪いとは思っているさ。けれど、我々にも事情というものがあるんだ」

「それも承知していますとも。だからこそこうして……あっ!」


 声を押さえて語らいながら進むと、ミチヒトは白い布に覆われた一角で足を止めて言葉を続ける。

 しかし、テミスは黙ったままヤタロウの横をすり抜けて進み出ると、断りの言葉すら発する事無く患者を覆い隠している白い布を取り払った。


「っ……!!!」

「あぁもう……どうしてそう乱暴に……」

「テミス。気が急くのは理解できるけれど、流石それは礼を失するというものではないかい?」


 その瞬間。押し殺されていたテミスの気配に綻びが生じ、一瞬だけ張り詰めた緊迫感が周囲へと放たれる。

 緩い衝立のような布の先。覆い隠されていた病床で床に付いていた者の姿は見紛うはずもない。

 テミスが己が旗下へと引き入れた兵の一人であるヴァイセ。生意気盛りではあったが、ファントに集う一員である彼が、血の気の無い顔で横たわっていたのだ。


「ヴァイセ……? 何故……お前が……? ッ――!!」

「――止せッ!!」


 震える声でそう呟いた後、テミスはおもむろに右腕を持ち上げると、迷う事無く病床で横たわるヴァイセへと伸ばした。

 だが、いち早くそれに気付いたヤタロウがその腕を掴んで止め、一歩遅れて背後のオヴィムがテミスの肩を掴んで病床から引き離す。


「離せッ……!! クッ……!?」

「テミスさん! 落ち着いて下さいッ!!」


 捕らえられたテミスは再びヴァイセへと掴みかかろうともがくが、ヤタロウとオヴィム、そしてそこに抱き着くようにしてシズクまでもが止めに加わり動きを止めた。

 今すぐに叩き起こしてでも理由を聞かなければならない。未だにそんな焦燥感に満たされた中で、テミスの胸に一抹の後悔が去来する。

 仮にファント所縁の者であったとしても、フリーディアが旗下の連中に報せを持たせた程度だと……そうタカをくくっていた。

 しかし、転生者であるヴァイセが寄越されたのならば話は別だ。それ程の何か……至急で私に報せなければならない程の事がファントで起きたという事。


「彼が誰であろうと……今は確認だけのはず……ッ!」

「ッ……!!!! 解った。悪かった。落ち着いたから離せ」

「……解った。暴れるなよ? そして、出来るのならば説明もしてくれ。彼はテミス……君の知り合いで間違い無いんだね?」


 一瞬の感情に身体を突き動かされたテミスを留めるべく、ヤタロウは必死になって事あを紡いだ。

 だが、すぐに正気に戻ったテミスは身体から力を抜いて抵抗の意志が無い事を示した。

 そんなテミスに警戒しながらも、ヤタロウ達はゆっくりと拘束を解くと同時に、僅かに緊張を孕んだ声で問いを重ねたのだった。

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