1147話 酔いどれたちの朝
陽も高々と昇り、分厚い雪雲で覆われたギルファーの町にも陽の光が届き始めた頃。
盛大な宴会から一夜明けた白銀の館では、昨日の宴会に参加していた面々が青い顔で食卓に肩を並べていた。
その足元では、未だに立ち上がることすらできない者や、眠り続ける者達が転がっており、ある種の絵画のような異彩さえも放っている。
「うっ……うぅ……」
「っ……!!!」
「…………」
そんな彼等の眼前で、テミスはにっこりと爽やかな笑顔を浮かべて時折カウンターに姿を現しつつ、厨房の中を一人右へ左へと動き回っていた。
「うぷっ……何故……我々は着座させられているのだろうか……」
「いやぁ……参りましたね……。アタシも普段は酒に飲まれるような性質じゃないのですが……昨日ばかりは……」
「ム……」
厨房の奥から漂ってくる料理の香りの中。カウンターに肩を並べた面々は、今にも死んでしまいそうな表情で辛うじて言葉を交わす。
しかし、普段ならば美味そうな良い香りだと胸いっぱいに吸い込みたくなるような料理の香りでさえも、今の彼等には毒にも等しいようで。
床の上で転がる部下たちの手前、ギリギリの所で踏み止まっているようではあったが、唇を固く結んで歪められた表情には、苦しみが目に見えて浮かんでいる。
「もう……勧められるがままに飲み続けるからですよ? お気持ちはわかりますが、子供や部下たちの手前、自重なさりませんと」
「ホホ……観念なされよ各々方。殊更あなた方であらば理解出来ましょう。テミスのあの表情……いくらあがいた所で逃げる事などできはしませぬ。をなに……決して後悔はしますまい」
だがその一方で、カウンターに肩を並べる面々の中でも唯一、クロハとオヴィムだけは二日酔いの気配すら感じさせずに涼し気な表情を浮かべており、死に体の身体を引き摺る者達を叱咤し続けていた。
「……待て。おかしな話ではないか。昨夜テミスとて、我々と同じく相当な量の酒を飲んでいたはず」
「ウム……。私も……確かに見たが……」
「ハハ……あの方は特別ですよ。きっとアタシ達が潰れた後、そのままお一人でこの館を守っていたのでしょうから」
「で……あろうな」
「なっ……!!」
「まぁ……」
「ッ……!!」
鈍重極まる最悪な体調に抗いながら、ヤタロウが尤もな疑問を零すが、弱々しく笑みを浮かべたコスケが返した言葉で、オヴィムを除く一同が絶句する。
確かに。この白銀の館には幾重にも守りが施されているとはいえ、集まった面子を鑑みれば守りなどいくら用意しても足りないくらいだ。
しかも、昨日の酒宴は戦いに携わった者達は殆ど参加していた。そんな大宴会の後となればなおさら警戒を強めるのは自明の理で。
そのような役目までも易々とこなしてみせたテミスが、ただ酒に呑まれて寝こけていた自分達に朝食を用意してくれるというのだ。たとえつつかれただけで吐き戻してしまいそうな体調であっても、到底断る事などできる筈もなかった。
「ふふ……さて。そろそろ出来上がる頃であろう。皆を起こしてやるとしようか」
各々に仔細は違えど、決して譲ることのできぬ意地があったのだろう。酷い二日酔いに苦しめられている面々は、瞳の奥でギラリと意志の光を輝かせると、真一文字に固く結んだ唇の陰で固く歯を食いしばる。
同時に、それを見たオヴィムはどこか満足気に頷きながら立ち上がると、死屍累々と言った様相を呈しているホールへと視線を向けた。
だが。
「っ……!!」
「すまない……」
「……。ウッ……!? ッ……申し訳……ありません……」
いくら心を奮起させたところで、身体を苛む苦しみが変わる事は無く、オヴィムの言葉に応じて三人は立ち上がりかけるも、すぐに顔色を変えて椅子の上へと崩れ落ちる。
その中でも、コスケだけは何度も立ち上がろうと足掻いてはいたが、遂にはパチンと口を手で押さえると、ゴクリと喉を鳴らして謝罪を述べた。
「構いませぬ。彼等も、この国の王であるヤタロウ殿や、大家の当主であるコハク殿に揺り起こされては気が持ちますまいて」
「あら……? そんなこと気にしなくてもいいのに……。では、私はウチの子たちから順番に声をかけていくとしましょうか」
「ご配慮。感謝致します」
猫宮家の者達といえど数名。いったい何人の者が衝撃を受けるやら……。
オヴィムは己が席で苦しみに耐え続けるヤタロウ達に笑いながらそう答えた後。共に席を立ったクロハと共に、苦笑いを浮かべて未だ床の上で転がっている者たちを起こしに向かったのだった。




