幕間 最後の親孝行
「ヤタロウ様ッ! ヤタロウ様ァッ!!」
ヤタロウが欠伸を噛み殺しながら、自身の執務室で書類を眺めていると、どたばたと騒々しい足音と共に一人の兵士が駆け込んでくる。
その手には、一目見ただけでわかるほどに上質な一枚の羊皮紙が握られており、同時に焦りに満ちた兵の表情がただ事ではない事を示していた。
「……まずは落ち着いて。何があった?」
「ッ……!! こ、ここ……これ……これをッ!!」
「……?」
席を立って兵の元へと歩み寄り、ヤタロウはまずは兵士を宥めるべく柔らかに声をかけた。
しかし、兵士は狼狽した様子のまま立ち直る事は無く、ただひたすらに必死な表情で、手に持った羊皮紙をヤタロウへと押し付けている。
「フム……? ……ッ!!!」
彼に下した命令は確か、テミス達が動きやすくなるように監視の目を偽る事だったはず。
という事は、またしても彼女たちが何か面白い事でもやらかしたのだろうか? そんな何処かわくわくした思いと共にヤタロウが押し付けられた羊皮紙へと目を落とすと、そこにはただ一言、精緻な筆跡で『決行する』とだけ記されていて。
その文字を見た瞬間。ヤタロウは全てを察すると共に、背筋をぞわぞわとした悪寒が駆け上がっていく。
「なんて事だッ……!! まさか……まさか私に一言の相談も無くッ!?」
「如何いたしますか!? ヤタロウ様!?」
「ッ……!! いや……ある意味正しい……か。うん。事前に決行を打診されていたら、私はきっと彼女たちを引き留めていただろう」
だが、ヤタロウはすぐに焦りに支配されそうになった心の平静を取り戻すと、静かな声で呟きを漏らした。
この革命は、彼女たちがこの城を訪れたが故に動き始めた計画ではあったが、それ故に両親を討つという覚悟を決める為の猶予も無かった。
否。猶予が無かったのではない。迷っていたのだ。両親を討ち果たし、止める事こそ正しい道であると理解していながら、自らの親である二人ならば、ともすれば目を覚ましてくれるのではないかと。
「ふ……ふふ……予想外……。いや、期待以上だよ」
「ヤタロウ……様……?」
「ならば私も、相応の覚悟を示さなくてはね」
ヤタロウはクスクスと静かに笑いながら立ち上がると、狼狽える兵を無視して言葉を紡いだ。
それは、密かに揺れていた心を定める為に必要な儀式であり、同時にヤタロウの心を一気に『王』たらしめていく。
「急ぎ、皆を集めてくれるかい? 武装を整えてね」
「っ……!! では……!!」
「うん。父の部屋へ行こう。テミスには悪いけれど、討ち果たすのならば……せめてこの手で……ね」
「は、はいッ!!」
これから戦へ赴くとは思えぬ程に穏やかな声で告げると、ヤタロウは己の掌を見つめながら、兵士の問いに静かに答える。
そして、兵が己の命に従って大慌てで執務室を飛び出していくのを確かめたあと、ヤタロウは浮かべた微笑みを酷く悲し気な笑顔へと変えて、固く振るえる掌を握り締めたのだった。




