1145話 戦勝の宴
言いたい事は全て言い尽くした……と言わんばかりに、ヤタロウが手を差し出したまま口を噤むと、ホールに集った者達の空気がピシリと緊張感を帯び、その視線がテミス達へと集中する。
それもその筈。
新たな体制。新たな治世。ヤタロウの……ギルファーの歩み出した道は未だ始まったばかり。
その革命を手助けした同胞に、改めて共に歩んで欲しいと問うているのだから。
「……。ククッ……フッ……ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!! アハハハハハハハハハハッ!!!」
しかし、友誼を求めて差し出されたその手に、返されたのは紛う事無き狂笑だった。
テミスは目の前に差し出されたヤタロウの手を握ることなく、腹を抱えて高らかに笑い声をあげ、その目尻にはうっすらと涙さえも浮かべている。
誰の目から見ても、今のテミスは心の底からの笑い声をあげ、捧腹絶倒していた。
それは、真摯な態度で友誼を申し出たヤタロウにあまりにも不実な態度で。
固唾を飲んで様子を見守っていた者達の雰囲気に、僅かに剣呑な空気が混じり始める。
そして、ひとしきり笑い終えたテミスが、乱れた息を整えるべく大きく息を吸い込んだ時。
「満足したかい?」
テミスへ向けて差し出した手を中空へと彷徨わせたまま、ヤタロウはクスリと小さな笑みを浮かべて問いを重ねた。
「あぁ……」
「それは良かった。それで……出来る事ならこの場で、答えを頂戴したいのだけれど……」
「フム……そうだな……」
ヤタロウの問いに、テミスは傲岸不遜な態度のまま息を吐くと、長い白銀の髪をふわりと翻してヤタロウへと向き直る。
同時にテミスは、全くもってやってくれた……と評するべきなのだろう。と胸の内で呟きを漏らす。
元来、テミスはファントへ及びかねない災禍を止める事を目的として、秘密裏にこのギルファーへとやってきたのだ。
故に。戦場で剣を振るい、予想をはるかに上回る禍を退けたとて、目的が果たされること以上に求める事は無く、このままただのテミスとしてギルファーを去るつもりだった。
だが。ヤタロウは宴の名目を以て耳目を集め、ファントを治める者としての私を……黒銀騎団長としての私をこの場に引きずり出してみせたのだ。
「……お前の問いに答える前に、私も一つ……お前に問うとしよう」
「っ……! 何でもどうぞ?」
ピリピリとした緊張感の漂う中。テミスはその身に纏う雰囲気を厳かなものへと変化させると、姿勢を正して真正面からヤタロウへと問いかけた。
その毅然とした姿は、この場で見守る者全てに自然とテミスの『格』を示しており、誰もがその溢れ出る気配に圧倒されていた。
「お前が王として名乗りを上げるのならば、友誼を結ぶ相手として私はこの世界で最も相応しくない相手だ。事実はどうあれ、ギルファーの先王と戦い、打ち破った私はお前にとって親の仇。忠愛と義信を至上とするお前達ならば、手を差し伸べる事などできる筈もない相手である事は一目瞭然の筈」
「そうだね。その通りだ」
「ならば何故。今この場でこのような話を持ち出した? 私達は融和を謳っている。変革を為したお前達を拒む理由など無いというのに。私がお前と共に先王と斃したとあっては、他国からギルファーがファントの属国とも捉えられかねんぞ?」
つまるところ、順序の問題だ。
黒銀騎士団としてのテミスはこの場に居らず、見事革命を成し遂げたヤタロウ達がファントへ友好を申し入れるのであれば、何一つ問題無く事を進める事ができる。
だが、この場でそれを問われてしまえばすべてが無意味。
ギルファー先王はファントの策略により討たれたと邪推する者まで出てくるだろう。
しかし……。
「簡単な事さ。テミス、君は僕達の大切な友であり共に戦った同胞だ。不義を受けた肉親を優先し、友に受けた義、恩を仇で返しては一族郎党の恥。誰よりもここにいる私達が、真実を知っている。ならば、他人からどう映ろうが関係ない。私達はただ、大切な友人にこれからも共に肩を並べて居て欲しいだけだよ」
ヤタロウは静かに自らを見据えるテミスの瞳を真っ直ぐに見返すと、にっこりと澄んだ微笑みを浮かべて堂々と答えを返した。
その答えはまさに王たる者の覚悟と彼が歩まんとする正道が現れており、テミスはヤタロウの一切揺らぐ事の無い想いに、クスリと口角を歪めてみせる。
「フッ……相も変わらず滅茶苦茶な奴め……ッ! 良いだろう。黒銀騎団長テミスの名の下に、融和都市ファントはギルファーとの友誼を結ぶと宣言しようッ! だが、思い違うなよ? たとえ友であろうと、悪を為すならば私はその首を落とす事に躊躇いはせんぞ?」
「あぁっ……! それは勿論ッ!! 君の背負うものはその剣を背負う背中が示してくれたさ」
テミスがニヤリと不敵な笑みを浮かべて差し出されたヤタロウの手を掴むと、ヤタロウもまたクスリと不敵な笑みを浮かべてテミスの手を握り返した。
瞬間。新たな産声を上げた国家の行く末を、固唾を飲んで見守っていた者達の爆発したかのような歓声が、白銀亭のホールの中に響き渡る。
「皆!! これにて準備は整ったッ!! さぁ、宴を始めよう!! 我等が一丸となって得た勝利を祝ってッ!! 乾杯ッ!!!」
そして、ヤタロウは戸惑うテミスに酒の入ったジョッキを握らせると、自らも同じくテーブルの上に置かれていたジョッキを高々と掲げて叫びを上げた。
直後。
再び大きな歓声と共に、白銀亭に集った者達は口々に乾杯を叫ぶと、戦勝と友好を祝った大宴が幕を開けたのだった。
一方その頃。
かつてテミスがギルファーを訪れる際に一夜を明かした洞窟では、この地方を旅するには薄着に過ぎる一人の男が、ガチガチと寒さに震えながら、うわ言のように呟きを漏らしていた。
その男の名はヴァイセ。かつて、テミスと敵対したヤマトの兵であり、今はファントに身を寄せながら黒銀騎団に名を連ねる転生者の一人だ。
「っ……!! 早く……早く伝えなければッ……! このままでは……ファントがッ……!!」
寒さに凍え、今にも途絶えてしまいそうなか細い声。
そんな声すらも埋め尽くすように、北の大地の空を覆う暗雲は、今日もこんこんと雪を吐き出し続けていたのだった。
本日の更新で第十九章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十章がスタートします。
遂に明らかになる極北の地ギルファーに秘されていた野望。
テミスは己が使命を果たすため、仲間達と共に強大な敵へと立ち向かいます。
閉ざされた北の地に眠っていた真実を手に、テミスは世界の命運を賭けた戦いへと挑みました。
限界を超えた死闘の果て、テミスの振り絞る思いとは……?
続きまして、ブックマークをして頂いております633名の方々、そして評価をしていただきました107名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
さて、次章は第二十章です。
ギルファーでの動乱を斬り払い、見事戦渦を退けたテミス。
北の地で得た新たなる絆を手に、テミスは掴み取った平和に祝杯を挙げます。
一方その陰でテミスを求めて走る一つの陰。果たしてテミスの居ないファントで何が起こっていたのか……?
セイギの味方の狂騒曲第20章。是非ご期待ください!
2022/10/09 棗雪




