1137話 仇討ちの大義
「ふざけるなッ!!」
ギャリィンッ!! と。
ヤタロウの演説する声を遮って突如怒号が響くと共に、ひと際甲高い金属音が鳴り響いた。
それは、ヤトガミの周囲に集っていた近衛兵の一人が、怒りに顔を歪めてヤタロウへと斬りかかった声であり、それを察知して飛び出したヤタロウの護衛が、振り下ろされた白刃を受け止めた音だった。
「何が正しき未来だッ!! ヤトガミ様は狂乱されてなどでいないッ!! 我等の想いを……無念を背負い立ち上がってくださっていた!!」
「そうだ! 我々は選ばれたのだ!! 今こそ世界に覇を謳わんとするヤトガミ様の剣として!! だというのにッ……!!」
「革命だと!? 反乱を起こしておいて下らぬ戯れ言をッ!! 今こそヤトガミ様の遺志を継ぎ、我等が手で宿願を果たす時ッ!!」
しかし、最初に響いた怒声を呼び水に、近衛兵たちは口々に叫びを上げながら、燃えるような目をヤタロウへと向けて殺気立つ。
その怒りの感情は容易に周囲の近衛兵たちへと伝播し、結果としてヤタロウ達は怒りと忠誠心に燃えた兵達によって、完全に包囲された状態へと追い込まれた。
「選ばれた? 違うな。お前達は我が身可愛さに同胞を切り捨てただけさ。その証拠に、城下で暮らす民たちに如何なる混乱が起きようとも、お前達は一切救いの手を差し伸べる事はしなかった。それどころか、この男の悲願の礎となれる事を喜ぶべきだ……などと嘯いていたな?」
ヤタロウは自らの身を守った護衛の後ろからいきり立つ近衛兵達を睥睨すると、薄い笑みを浮かべて言葉を重ねる。
だが、そこに並べられた言葉はどれも、近衛兵たちを挑発するかのような文言ばかりで。
例えヤタロウの言葉が正鵠を射ているのだとしても、この場においてそれはあまりにも自殺行為に過ぎると言わざるを得なかった。
「……やれやれ。この期に及んで敵を作るとは。どうやら私は手を組む相手を誤ったらしい。酷く嵌められた気分だ」
「っ……!! 我々も、今回ばかりはヤタロウ様のお考えは量りかねます。ですが、ヤタロウ様の為される事です。きっと無策ではありません」
口を開くたびに、ただただ敵兵を煽り立てるだけとなっているヤタロウの惨状を見て、床の上へと棄てられたテミスが引き攣った笑みを浮かべながら呟くと、代わりの兵がテミスに手を貸しながら、微かに震える声で抗弁する。
しかし、テミスに手を貸す兵も内心では理解しているのだろう。我々の置かれた現状は途方もなく絶望的であり、最早自分達の戦力で状況を打開する事は困難であると。
「せめて……せめてこの身体が満足に動けばな……」
テミスは必死で恐怖に抗っているであろう護衛の兵に肩を借りて再び立ち上がりながら、自らの手元に視線を落として口惜し気に呟きを漏らした。
そこには、今やただの杖と化した漆黒の大剣が未練がましく握り締められており、震える腕が辛うじて切っ先を引き摺りながら携えている。
そんなテミス達の心境など置き去りにして、眼前で燃え盛る怒りと憎しみの炎は、今にもその咢をテミス達へ突き立てようとしていた。
「大逆の徒は悉く捕らえよッ!! 一人たりとも逃がすなッ!!」
「殺せッ!! 我等が偉大なる王の仇を討つのだッ!!」
「否ッ!! ただ殺すだけでは足りぬッ!! 己が罪をその身に刻み込み、魂すらも穢し嬲り尽くさねば顔向けができんッ!!」
急速に加熱していく憎悪は止まる事を知らず、近衛兵たちは口々に怒りを吐き出しては手にした白刃を高々と振りかざす。
その姿は最早、理性すら欠いた一種の暴動に等しく。
テミスはただ、暴徒と化していく近衛兵たちを乾いた笑みを浮かべて眺めながら、胸の中でひとりごちる。
全く……とんでもない事をしでかしてくれたものだ……と。
この有様では、ひとたびこの身が彼等の手に堕ちればただでは済むまい。たとえ捕らえられたとしても、体力を回復する時間さえ何とか稼ぐ事ができたならば、脱出する目算はあった。
しかし、憎しみに駆られた暴徒と化した彼等に、処刑の体裁を整えるまで獄に繋ぐなどという理性的な扱いなど期待できるはずも無く。
この場から逃げ出す事が出来なければ、どうあろうと嬲り殺される以外の道は残されては居ないだろう。
「何故だッ!! 何故解らないッ!! ヤトガミの目指した世界に幸せなど無いとッ! 我等が笑顔を取り戻す為に、誰かを礎に……犠牲にする必要など無いのだとッ!!」
「全員でかかれェッ!!! 抵抗するならば手足程度であらば落しても構わんッ!! 咎人は尽く捕らえるのだッ!」
「殺せッ!! ヤトガミ様の敵を討つぞッ!!」
猛り狂う近衛兵たちを前に、ヤトガミは焦れたように負けじと声を張り上げるも最早意味は無く。
完全に怒りに呑まれた暴徒と化した近衛兵たちは、各々の心が赴くままに怒声や号令をまき散らしながら、一斉にテミスたちへと襲い掛かったのだった。




