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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1135話 友情の値段

 ざくり。どすり。と。

 ヤタロウが刀を振り下ろす度に、湿り気を帯びた嫌な音が部屋の中に木霊した。

 その音は、テミスの『敵』であるヤトガミの命が断たれる音で、同時にこのギルファーという国に新たな王が誕生する産声でもあった。


「ッ……!」


 しかし、テミスは顔を顰めて歯を食いしばりながら、床に伏せていた体を起こす。

 己が敵が自分以外の者の手によって誅されている事などどうでもいい。

 確かに、幾ばくかは哀れに思うし、永遠に付く事が無くなった決着に釈然としない感情も覚えてはいる。

 だが、今はそれどころではない。

 ヤトガミが死ねば、恐らくヤタロウの刃は私へ向くだろう。

 ならばその前に、辛うじて逃げ出せる程度には回復しなくてはッ……!!


「ガハッ……!!」


 しかし、ヤトガミとの激戦を経て激しく疲弊した体は思うように動かず、渾身の力を込めても、テミスは僅かに床を這いずることしかできなかった。

 その間にも、ヤタロウは己が頬に返り血が跳ねるのさえ厭わずに、粛々と父親の首を叩き落としている。

 逃げる事は叶わない。

 数秒の後。ゴトリという鈍い音と共に、ヤトガミの首が胴から離れるのを眺めながら、テミスは微かな諦観と共に全身に込めていた力を緩めた。


「さぁ……お待たせ。見ての通り、父王は討ち取った。私達の勝利だ」


 そこへ、ヤタロウは涼やかな笑みと共に踵を返すと、己が父の血で染まった刀を手に、親しげにテミスへと語りかける。

 その猟奇的な姿は酷く歪んでいて。

 テミスはヤタロウの足元に這いつくばったまま、彼もまたギルティアやフリーディアと同じように、胸の内に譲れぬ何かを定めた者なのだと痛感した。


「……確かに、我々の勝利だな。それで? 私とお前、共通の敵であるヤトガミを排除した今、お前は次に何を望む?」

「ははは。何を今更。決まっているじゃないか」


 皮肉気な微笑みを浮かべたテミスがそう問いかけると、ヤタロウはポタポタと血の滴る刀を手に携えたまま、足早にテミスの側まで歩み寄る。


「――ッ」


 こうなってしまっては仕方が無い。

 着実に近寄ってくるヤタロウを前にテミスは覚悟を決めると、固く握り締めていた大剣の柄を密かに手繰り寄せた。

 ヤトガミとの戦いで、逃げ出す体力さえ残っていない程に消耗しきっているとはいえ、何もできなくなった訳では無い。

 ヤタロウが敵に変わったというのならば、相打ち上等。奴が私を殺す為に刀を振り上げた瞬間、残る全ての力を込めて一撃を叩き込むッ!!

 そんなテミスの想いに応えるかのように、不定形の光の靄となって背に残っていた片翼はゆっくりと霧散し、代わりにテミスの身体に僅かばかりの力が戻る。

 これならばッ……!! と。テミスは獲物の隙を伺う肉食獣のように爛々と目を輝かせ、ヤタロウが刀を振り上げるその時(・・・)を待ち続けた。

 ……だが。


「……なんてね。共に戦った君へ刃を向ける程、私は愚かではないよ。言っただろう? 君の創った町を見てみたいと」

「…………」


 ヤタロウはその身に纏っていた不気味な気配を一転させると、血に濡れた刀を手放して明るい言葉と共にテミスの傍らに膝を付いた。

 しかし、テミスから放たれる張り詰めた空気が変わる事は無く、ヤタロウはテミスを助け起こそうと伸ばしかけた手を途中で止めて、何処か困ったかのようにへらりと破顔する。


「あ~……やっぱり、丸め込まれてはくれないかい?」

「当り前だ。そのまま私に触れれば、容赦なく反撃を叩き込んでいた」

「はは……参ったなぁ……。まさか、この期に及んでまだ力を残していたなんてね」

「偶然だがな。私は間違い無く、全力を賭してお前の父と戦っていた。あんな風にお前が姿を現すまでは、裏切られているなんて欠片も思わずにな」


 途中で手を止めたヤタロウはそのままテミスへ向けていた手を引っ込めると、代わりに言葉を交わしながら倒れ伏したテミスの隣にゆっくりと腰を下ろした。

 一方で、テミスは相も変わらず張り詰めた雰囲気は纏っているものの、その瞳からはギラギラと輝く殺気は消え失せていた。


「正直今でも、無理をしてでもここで君を殺しておくべきなんじゃないかとは思っているよ。本当に……ほんの少しだけね」

「ギルファーの王としては正しい判断だな。自らの力で御し切れなかった前王と同等の力を持つ他国の戦力。これを削ぐ絶好の機会は今を置いて他にはあるまい」

「うん。だから最初はそのつもり……だったんだけどね。友誼を結ぶ事ができるのならそうするべきだし、君とは敵対するより友達になっておいた方が良い気がするんだ」

「ハッ……随分と打算的な友情だな? 良いのか? 私を相手にそんな事をぺらぺらと喋って」

「……だって、全部白状しないと君、絶対に許してくれないだろう?」


 テミスと言葉を交わす度に、ヤタロウはその身に纏っていた怪し気な気配を急速に薄れさせていった。

 同時に、テミスもまたピリピリとした剥き出しにしていた警戒心を解き、唇を不敵に歪めてヤタロウへ言葉を返していく。

 そして。

 皮肉を込めたテミスの問いに、ヤタロウが降参とばかりに軽く両手を挙げて応えると、部屋の入り口から堰を切ったように、顔色を変えた近衛兵達がなだれ込んでくる。


「フン……当り前だ。ならばついでに聞かせろ。この状況……どう切り抜けるつもりだ?」


 その荒々しい足音を聞きながら、テミスは傍らに座るヤタロウを見上げて、静かな声で問いかけたのだった。

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