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103話 疑惑の視線

「ではではっ! ありがとうございましたぁ~!」

「ああ。君も壮健でな」


 一通り問答を追えると、フィーンは笑顔で手を振りながらギルドを出ていった。質問の大半が答えられない事ばかりだったのではぐらかす事になってしまったが、あそこからどう記事にするかは少し気がかりではある。


「さて……と」


 フィーンが立ち去ったのを確認すると、テミスの元へとやってきたアトリアは静かに口を開いた。


「噂は聞いてるよ。だからこそ聞かせてもらう……なんでここに居るんだい?」

「……私の答えはあの時と変わらない。正義を為す為さ」


 テミスは鋭い目線で見下ろすアトリアを見据えて答えを返した。私の噂を聞いているのならばアトリアの反応は納得できるものだが、恩人にこういう目で見られるのはなかなかに堪えるものがある。


「アンタの正義って奴は何だ? 悪いがあたしゃ、アンタを送り出した事を後悔している所さね」

「我が正義は悪を討つ事……それだけだ」


 テミスは目を瞑って静かに言い放つと、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がった。彼女の口ぶりでは、フリーディアの情報を聞き出すことは難しいだろう。それよりも、正体を知られている為騎士団に通報される可能性もある。


「っ!!」


 ――ならばいっそ……。そんな考えが頭をよぎりかけるが、テミスはそれを頭を振って振り払った。自分に不都合な者を排除して築き上げたモノを正義とは呼ばない。それはあの世界で『俺』を排除した連中と同じになってしまう。


「待ちな。フリーディアの嬢ちゃんをやろうってんなら、まずはアタシが相手になるよ」

「……は?」


 立ち去りかけたテミスの肩をアトリアが掴み、その身を凄まじい殺気が包んだ。だがそれよりも、テミスはアトリアが発した言葉の方に気を取られた。


「待て待て! 何故私がフリーディアを手にかけなければならない?」

「あの嬢ちゃんはアンタを信じてた……いつの日か一緒に戦える日が来る……分かり合える時が来るってね。手にかけないにしろ、あの子をあざ笑う権利なんざアンタには無いよ!」

「だから何を言っているんだッ!? 私はフリーディアなんかに用は無いぞッ!」


 テミスの肩を掴むアトリアの手に力が籠り、怒りを纏った彼女の叫びが室内に響き渡った。しかしその叫びは、アトリアが放った物に倍する音量の、テミスの叫びによってかき消された。


「……? どう言う事だい? アンタは魔王に付いて人間達と戦う事を選んだ。嬢ちゃんともまみえたそうだし……宿敵に止めを刺すなり、最期を見届けに来るなりしに来たもんだと思ったが……」

「ああ……そう言う事か」


 テミスは静かに頷くと、力の抜けたアトリアの手を肩に乗せたまま振り返った。恐らく、テプローでの一件はアトリアには届いていないのだろう。ならば、一方からの情報でこういう考えに辿り着くのは自然な事だ。


「それは誤解だ。さっきも言ったが、私の目的は正義を成す事。私は、先の戦いでフリーディアが下した判断は正しいものだと支持している」

「なら……アンタは何でここに居るんだい?」

「フム……まずは根本の誤解から正そうか……」


 テミスはそう言うと、アトリアの目を見ながら壁際に移動して背を壁に預けた。立ち話をするにしては長くなってしまうし、かといって座り直すのも億劫だ。


「根本の誤解だって?」

「ああ。そもそも私は正式な魔王軍ではない……いや、魔王軍に身を置いてはいるが、ギルティアの命では動いていない……と言うべきか」

「何……だって? もうちっと砕いて話してくれ。アンタは第十三軍団の軍団長なんだろう?」


 アトリアは首をかしげながら、先ほどまでフィーンが座っていた席へと腰掛ける。確かに、魔王軍にありながら魔王の意志で動かない部隊など、彼女が混乱するのも無理はない。


「我等の正式名称は第十三独立遊撃軍団。十三ある軍団の中で唯一、魔王ギルティアに弓引く事をも赦された軍団だ」

「なっ……」


 まぁ、泳がされているだけと言う見方もできるがな。とテミスが心の中で付け加えると、椅子に座ったアトリアが驚愕の顔で絶句する。


「加えて言うのなら、私の今回の目的はヒョードルとか言う将校だ。おおかた、コイツが自分の罪をフリーディアに擦り付けたのだと睨んでいるが?」

「いや……確かにそう……だけど……」


 テミスが言葉を続けると、目を白黒させたアトリアがぎこちなく頷く。今の荒唐無稽とも言える話を丸ごと信じては居ないだろうが、いくらかの信頼を取り戻せたのならば僥倖だ。


「いや……でもわからないね。ヒョードルを倒すって事は同時に嬢ちゃんを助けるって事だ。嬢ちゃんを助けるのは、今のアンタにも魔王にも不利益じゃないのかい?」

「そうだな」


 テミスはフッと笑みを浮かべると、あっさりアトリアの質問を肯定した。魔王軍の観点としても、ファントを預かる身としてもこれは、人間軍の最強戦力であるフリーディアを無力化できる絶好のチャンスだ。常識的に考えれば、これを阻止する理由など無いだろう。


「だが、フリーディアに罪は無い。罪無き者に私欲の為罪を被せて罰を与えんとする行為は紛れも無い悪だ。それを滅ぼさん理由はあるまい?」

「っ……アンタ、馬鹿だねぇ……」


 片目を開けてアトリアを眺めながら問いかけたテミスに、アトリアは呆れたように笑みを浮かべると呟いた。

 要は、個人的な信念の問題なのだ。損得を度外視し、ただひたすらに悪を喰らい尽くす。それが今のテミスが導き出した正義だった。


「でも、アタシ好みの馬鹿だ……流石、アタシが見込んだ女と言うべきかね。疑ってかかったアタシが言える台詞じゃないけどもね」

「いや、良いさ。何よりもアトリア、貴女に失望されなくて安心した」


 テミスは柔らかな笑顔を浮かべると、壁から背を離して元居た席へと腰を落ち着ける。誤解が解けた今、急いでここを後にする必要は無いだろう。


「むしろ、アタシの方が失望されてないか心配だがね」

「それは無いから安心してくれ。あなたが悪に染まらない限り、私がアトリアに失望する事は無い」

「ははっ……怖いねぇ。こりゃおちおち仕事もサボれないねっ!」

「ククッ……そう言う事ではないんだがな……」


 そう言ってアトリアが笑い声を上げると、テミスもまた笑顔を零すのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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