1130話 理外の戦い
ゴギィィン……ッ! バギィィン……と。
まるで、巨大な鉄塊同士を打ち合わせているかのごとき重厚な音が、ビリビリと周囲の空気を震わせる。
研ぎ澄まされた大剣であっても、鉄の塊であるという事実を鑑みるのであれば、打ち合わせられているのは紛れもなく鉄塊ではあるのだが。
しかし、肌をも振るわせる衝撃を伴って撒き散らされるこの音を聞いて、これがよもや一対の大剣によって奏でられている、剣戟の音だと理解できる者は誰一人として居ないだろう。
それ程までに、部屋の中で繰り広げられているテミスとヤトガミの戦いは、異様にして激烈極まるものだった。
「ォォッ!!!」
「……ッカァ!!!」
ただでさえ巨木の如き太さを誇るヤトガミの腕がミチミチと盛り上がり、その手に握られた巨大な鉈が力の限り振り下ろされる。
その一撃の威力は最早、倒れ来る鉄塔やがけ崩れの巨石のような災害に等しく、一目見ただけで抗い得るものではないと理解できた。
だが、相対するテミスは小柄なその体躯をクルリとその場で回転させると、自らの全身をバネとして迫り来る大鉈に向けて、下段に構えた漆黒の大剣を打ち合わせた。
結果。響き渡る音と共に、打ち合わされた衝撃は両者の剣を弾き、テミスとヤトガミは大きく退いて距離を取る。
「ハッ……ハッ……ッ……!!」
「フゥ~ッ……ムゥ~ッ……!!」
両者の扱う武器は、常人には持ち上げる事すら叶わぬ逸品で。
ヤトガミの持つまるで処刑具の刃のような規格外の巨きさを持つ大鉈は元より、それと対等に打ち合っているテミスの持つ大剣も、彼女の身に宿す魔力を以て自在に重さを変えるブラックアダマンタイトで作られているとはいえ、この剣戟における所持者への負荷は計り知れない。
それは最早、ヒトの枠をも超えた者達による一歩たりとも譲らぬ骨肉の剣戟で。
筋肉の鎧に覆われたヤトガミが呼吸を乱しながらも眼光鋭く見定める先では、白く輝く片翼をその背に携えたテミスが息を切らせて漆黒の大剣を構えていた。
「チィッ……ふざけた馬鹿力だ……。僅かでも気を緩めようものなら、身体ごと持って行かれるッ!!」
剣を伝い受ける衝撃で、ビリビリと痺れる手の感覚に歯噛みしながら、テミスは忌々し気に呟きを漏らす。
もう何度、私は奴を殺す気で打ち込んだだろうか。
この身に溢れる魔力を膂力と変え、この大剣の特性も存分に使いこなしているはずだ。
まさに、切り札を切り続けるかのように、全霊を込めた決めの一撃を放ち続けている。
だというのに、未だ奴は倒れるどころか、血気盛んにこちらを睨み付けているではないか。
本当に厄介極まる難敵。この世界の住人でありながらこれ程の力を得て尚、稚拙な振るい方しかしようとしないヤトガミに、テミスは心の底からの怒りを覚えていた。
「……口惜しいかな、得物はあちらの方が上か」
一方でヤトガミもまた、天使を思わせる翼を生やして戦うテミスに、仇敵への感情を超えた畏れを抱いていた。
加えて、操る漆黒の大剣は世界最高硬度を誇り、魔力を持つ者にしか扱えぬブラックアダマンタイト製。
身体能力に優れた獣人族である自分でさえ、この域へと至るまでに運命の導きとも思えるような幸運に導かれ、次々と現れる耐え難い修練を重ね、決して砕けぬ信念を以てそれらを乗り越えてきた。
だというのに、眼前の華奢な少女は魔力も無く脆いはずの人間の身で、己と同等以上の場所に立っているのだ。
彼女がこの域へと至る為に、一体どれほどの試練を乗り越え、どれ程の代償を捧げ、どれ程の犠牲を払って来たのかなど、想像すらつかない。
この身に宿る力を振り絞り、積み重ねた経験と技を以て辛うじて渡り合っているのだ。
その比類なき強さに、一度は最強を謳った者として、畏敬の念を抱かぬ訳が無い。
「――ッ!! ラァッ……!!!」
「ヌ……グゥッ……!!?」
己が胸を過った感傷に、ヤトガミが僅かに唇を緩めた刹那。
テミスは咆哮をその場に置き去りにして一気にヤトガミの眼前まで跳躍すると、空気を裂く音と共に高々と振り上げた漆黒の大剣を振り下ろす。
だが、即座に反応を示したヤトガミは手にした大鉈でテミスの斬撃を受け止め、再び重たい金属音と衝撃波がまき散らされた。
「フハッ……!! 加えてこの背筋が凍り付くような気迫ッ!! 僅かの隙をも見逃さぬ確たる殺気ッ!! 滾る……昂るぞッ!!」
「……ッ!! クソッ!! これでも駄目かッ!! 爛々と目を輝かせやがって。私は玩具でも遊び相手でもないぞッ!!」
必殺の意を込めた一撃を防がれたテミスは、苦虫を噛み潰したかのように表情を歪ませると、吐き捨てるように呟いて身を翻す。
同時に、テミスの斬撃を受け止めたヤトガミの大鉈がぎしりと押し戻され、返す刀で眼前を横薙ぎに斬り払う。
その剛然たる斬撃は、寸前で宙へと逃れたテミスの鼻先を掠めて過ぎ去り、眼前を通り過ぎた武骨な死に背筋を冷やすテミスを、その剣圧を以て圧し返したのだった。




