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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1129話 厭う者と求める者

 実に忌々しい。

 未だに痺れが残るであろう体を引き摺り、ゆっくりと立ち上がるヤトガミを睥睨しながら、テミスは胸の内で密かに舌打ちをした。

 あの瞬間。私は確かに逃れ得ぬ死を見ていた。

 必死で祈ろうとも、気力を振り絞ろうとも抗えず、まるで意識と体が切り離されてしまったかのように、どれ程力を込めたとて指先一つ動かす事ができなかった。

 これまでの戦いの中、幾度となく死に瀕した事はあったが、あれ程まで追い詰められたのは、同じ穴の狢であるアーサーと戦った時以来だろう。


「チッ……結局はこのチカラ頼みか……」


 軽く手を握り、そして再び開く。

 先程から何度か試したが間違いない。立ち上がることすらできない程の傷を負っていたはずなのに身体は無傷。しかも、僅かな倦怠感すら無く、体力も満ち溢れている。

 つまるところ、万全の状態だ。

 だが、それは同時にこの世界の理を超えた力が無ければ、ここで死んでいたという証なのだ。


「……全くもって忌々しい力だ」


 テミスは万感の意を込めて吐き捨てるように呟くと、自らの背に生えた翼を軽く動かして見る。

 すると、翼はまるでまるで手足でも動かすかの如く思い通りに揺れ動き、翼に生えた純白の羽毛が擦れ合う音が僅かに空気を揺らした。


「フン……贅沢を言いよる。我が人生を賭け、命をも投げ出す覚悟で渇望した力を忌々しいと抜かすか」


 そんなテミスの呟きに、部屋の片隅に身を寄せていたヤトガミが顔を上げると、苛立ちを隠そうともせずに言葉を返す。その手には、巨大な鉈のような形をした武骨な武器が握られており、所々に付着した拭いきれぬ汚れが、彼と共に激戦を潜り抜けてきた愛刀であると物語っていた。


「クク……こちらにも色々と事情があってな。それよりもそれは、肉切包丁……いや、大鉈か……?」

「ウム。我がこの力を得て以来、久しく仕舞いこんでいた代物がな」

「見事な武器だ。全く……それ程の物を持ちながらまだ足りんとは。一介の国主で満足しておけば良かったものを……」

「ほざけ。力を厭う貴様がそうであるように、我にも力を求める譲れぬ事情がある」


 巨大な武器を軽々と担ぎ上げたヤトガミは、テミスと言葉を交わしながら部屋の中央まで歩み戻ると、大鉈の先端を床の上に置いて微笑を浮かべる。

 その表情や視線からは、彼がこれまで向けていたような驕った感情は感じられず、むしろ仲間へと向けられる好意のような感情が含まれていた。


「論外だな。如何なる事情があったとて、他者の平穏を……幸せを簒奪して良い理由にはならん」

「フッ……貴様は訊かぬのだな。我がこの背に背負う事情……力を求め戦う理由を」

「聞いて欲しいのか? 悪いが私には興味がないし意味も無い。無駄な事はしない主義でね」

「いいや……珍しいと思ってな。我がかつて刃を交え、対等に渡り合った者達は皆、口を揃えて問うてきたからな」


 そう語りながら、ヤトガミはどこか懐かしむように大鉈へと視線を向けると、伸ばした指で優しくその背をなぞった。

 一方で、テミスは小さなため息と共にヤトガミへ呆れたような半眼を向け、酷く気怠そうに口を開く。


「勘違いするな。私は守る者でも救う者でも無い。私はただ、悪逆の徒を滅ぼす者だ。お前のように、弱者の生き血を啜って嗤う悪党など、この世界に存在するというだけで虫唾が走る」

「カカッ……!! 面白い小娘だ。然らば……この問いも無駄であろうな。最早、我に服従しろとも軍門に下れとも言わん。共にヒトの枠を超えた力を持つ者同士、手を組まぬかと訊きたかったのだが」

「別に構わんぞ? ただし、お前自身がその力で奪い去った弱者への償いを行い、身の丈に過ぎた野望を棄てるというのならば……だがな」

「っ……! フ……やはり貴様も、道は違えど王の器を持つ者か。我が貴様の要求を呑めば、本気で我が意に添う者の目だ。だが……」


 王の居室の中心で、二人は真正面から向き合ったまま問答を交わすと、互いに不敵な笑みを浮かべて言葉を切った。

 そうして訪れた沈黙はとても穏やかで。

 今この場で向き合っている二人が、つい先ほどまで骨肉の殺し合いを演じていたとは到底思えない程だった。

 突如として訪れた長い沈黙。言葉を切り、噛み締めるように沈黙したヤトガミは静かに目を開くと、大きく息を吸い込んで沈黙を破った。


「……だが、貴様の要求は我に死ねと告げるに同じ。互いに譲れぬ以上は仕方が無い。ならば、存分に喰らい合うとしようぞッッ!!」

「フッ……獣め……。その目障りな野望ごと断ち切ってくれるわッ!!」


 その言葉を最後に、二人は示し合わせたかのように携えていた武器を構えると、同時に真正面から振りかぶって剣を打ち合わせ、重厚な剣戟の音を響かせたのだった。

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