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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1121話 忠誠と葛藤

「猫……宮……」


 呆然とした呟きが、静まり返った戦場に響き渡る。

 その呟きはコハクの後方、シズクの上へと覆い被さったままの近衛兵の口から放たれていた。

 それもそのはず。

 ギルファーにおいて、猫宮の家名は情勢を変える程の重さを持つ。

 最強にして国を治める王の絶対なる腹心。いわば、その身に王の持つ権能へ干渉する明確な力こそ持ち得ていないものの、その磨き上げた戦力を以て王の半身とも言える存在が猫宮家なのだ。

 故に。猫宮家が王家に背き、王妃へと刃を向けた今。半身(・・)は近衛兵の仕える王の元から離れたことを意味している。


「何故だッ!! なぜこうも邪魔が入るッ!! 私の巫女は目前ッ……!!! 手を伸ばせば届くというのにッ!!」

「……そこのお前」

「はッ……!? は……はいッ……!?」

「シズクを……娘を連れて退がれ。数歩で構わない」

「っ……!!!」


 憎しみを振りかざすかのように絶叫するクズミを前に、コハクは肩越しに背後へと視線を向けながら静かに告げた。

 しかし、それは紛れもなく王妃へ背く行為で。

 近衛兵はコハクの言葉に鋭く息を呑むと、胸の中の葛藤を表すかのように身を固くした。

 今の王妃が乱心しているのは、一見して明白だ。

 否。王妃だけではない。この王城が門を閉ざして以来、この国は狂い始めていた。忠義心に格好をつけて、選ばれたのだという優越感に身を浸し、目を向けようとしなかっただけで。

 治めるべき城下で争いが起こった時も、王は俺達にその責務を果たせと宣う事は無かった。遠くに聞こえる骨肉の剣戟を眺めながら、平穏極まるこの王城の中で、ただ安穏と日々を過ごしていただけ。


「お……父……様ッ……!! 待ッ……!!」

「――ッ!! グッ……!!!」


 葛藤する近衛兵の身体の下で、シズクがその傷付いた身体を動かして脱出を試みながら、傍らに立つコハクの背を見上げて呟きを漏らす。

 その呟きは悩める近衛兵の心を大きく揺さぶり、更なる苦悩の只中へと突き落とした。

 絶対の大義は失われた。どちらが正しいかなんて、もう頭では理解している。

 けれど心が。これまで築いてきた自らを否定する事を頑なに拒絶していた。

 それにこの小娘はたった今、その手で仲間を……戦友を斬り殺したのだ。武人たる誇りと信念に寄り添うならば、仲間の仇を討つべきなのだろう。

 今ならば、王妃への……王への忠義という尤もらしい理由だって転がっている。


「手段は問わん。抵抗するようならば引き摺ってでも連れていけ」

「へ……へへ……。アンタは……俺に忠義を裏切れと言うのか?」

「ッ……!!」


 ガチャリ。と。

 おもむろに動かされた近衛兵の手がシズクの首を掴み、近衛兵は引き攣った笑みをコハクへと向けて口を開く。

 馬鹿な事をしているとは理解している。

 己が手に正義が無いという事も。今ここでこの男に逆らえば、抗う暇すら無く斬って捨てられるという事も。

 それでも、戦友への想いが、胸の底でじくじくと蟠る己を否定し得ぬ忌避感が、近衛兵の身体を突き動かしてきた。

 俺は王に仕える近衛兵だ。一度捧げた忠義を翻すなど武人足り得ん。と。それらしい理由を掲げて。


「否。思い違うな。近衛兵たるお前が忠を捧ぐは王ではない。我々と同じく、このギルファーという国だ」

「ウッ……!!」

「それを知って尚、我等と袂を分かつというならば最早止めまい。その心は、私とて理解できなくもない」

「俺……俺……はッ……!!」


 しかし、コハクの言葉は虚飾で飾り付けた近衛兵の心と、捻り出した理由を完膚なきまでに打ち砕いた。

 突き付けられたのはたった一つの問い。

 己が心に巣食う復讐の激情に従うか、己が心を司る理性と正義に従うか。

 視線を下せば、己が手の下では憎むべき仇が苦し気に表情を歪めている。

 恐ろしい熱を放ちながら、ドクドクと脈を打つ細い首は既にこの手の中。ほんの一瞬。全力で力を込めてやれば、へし折る事など容易い事だ。

 ともすれば、目の前に立つ男の放つ神速の刃がこの首を断つ前に、先に逝った戦友への冥土の土産と、仇の首だけは持って逝けるかもしれない。


「クッ……ソッォォォォォオオオオオオッ……!!!」


 一瞬の葛藤を経て。

 近衛兵は血を吐くように絶叫すると、シズクの首を掴んでいた手をそのまま肩へと回し、抱きしめるようにして後ろへと跳んだ。

 戦う前。この憎き小娘は敵である俺達を前に言っていた。敵ながら天晴れ……と。

 あれこそ、この小娘が戦友たちと武人として相まみえた何よりの証拠。ならば遺された俺の憎しみで、武人として戦った戦友の誇りを汚してたまるものかッ!!

 そんな思いすら込めて、近衛兵はコハクの言葉通り、その腕にもがくシズクを捕らえたまま全力で距離を取るべく後ずさった。


「フッ……」


 そんな近衛兵を微笑と共に見送った後、コハクは自らの眼前で怒りに滾るクズミへと静かに視線を向けたのだった。

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