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102話 王都イチの記者

「やははは……これは失礼しました。思わず飛び出してしまったもので……私はフィーンと申します。このロンヴァルディアイチ誠実な記者です!」

「はは……王都イチと来たか」


 兵士たちが立ち去った後、見物に徹していた連中をなだめすかして抜け出すと、テミスはフィーンと名乗った少女と肩を並べて、懐かしさを覚える道を歩いていた。


「取材とやらを受けるのは構わんが……大して面白い話もできんぞ?」

「いえいえとんでもないっ! そこはその強さの秘密とかをですね……ちろっとでも構いませんので……」

「秘密も何も無いんだがな……鍛錬の成果だ」


 テミスは人の良すぎる笑みを浮かべたフィーンに嘘を重ねながら町を見渡すと、そこはちょうどいつぞやの部隊が市民たちから罵倒を浴びていた場所だった。


「フム……」


 テミスは息を吐くと、以前には感じなかった妙な違和感を覚える。まるで故郷にでも帰って来たような気分なのに、人間の町であるはずのこの町に居心地の良さを感じない。いや、むしろ異郷の地を踏んでいるかのような気持ちの悪さがあった。


「リヴィアさん? どうしました~?」

「ん……? いや、すまない。ところで、とりあえず落ち着ける場所へ行くと言っていたが……」

「ええ。もうすぐですよ」

「……そうか」


 にっこりと笑みを浮かべたフィーンに生返事を返すと、テミスは再び思考へと意識を向けた。どちらにしても、このフィーンと別れない事には何をすることもできない。それならばいっその事、彼女にフリーディアの事を聞いてみるのも手ではあるが……。


「そ――」

「――つきました! こちらですよっ!」

「えっ……? いや……ここは……」


 テミスが口を開こうとした瞬間。先を歩いていたフィーンがクルリと振り向いて一件の建物を指差した。そこは、この町でテミスが知るたった二つの施設の内の一つだった。


「ささっ! 入ってください! こんにちは~。アトリアさん~? おじゃましちゃいますよ~?」

「いや待っ――あああ……」


 テミスが止める間もなく、フィーンはその建物の酒場の様な戸を開けて中へと入って行ってしまう。まさか、冒険者将校になれだなんて言いだすわけではあるまいな……?


 テミスは僅かに疑念を抱きながら戸を潜ると、そこには初めてここを訪れた時と寸分違わない光景が広がっていた。


「ったく……ウチは休憩所じゃないんだよ! って……なっ……あ、アンタ……」


 しかし唯一違ったのは、そこの主であるアトリアの驚愕する顔だった。


「おや? お知り合いでしたか? リヴィアさん、こちら冒険者将校受付所のアトリアさんです」

「……リヴィアだ。よろしく」

「あ……ああ……」


 フィーンの紹介を受けて偽名を名乗ると、目を白黒させているアトリアと握手を交わす。彼女がうっかり本名を漏らさなくて助かった。


「フィーン? 取材だと聞いたんだが……私は将校になぞなる気は無いぞ?」

「あぁ、勿論です! ここへお連れしたのにそういう意図はございませんよ! ここはそうそう人が寄り付かないので落ち着けるんです!」

「……だからウチは休憩所じゃないって言ってんだけどね。まぁいいか。いつもので良いのかい?」

「ええ、お願いします!」


 フィーンは我が物顔で適当な席へ腰を掛けると、その上に積んであった書類を乱雑に端へと寄せる。アトリアはアトリアでそれを見ながらも何も言わず、まんざらでもない表情でカウンターの奥へと消えていった。


「あ~……その、何だ……いいのか?」

「いいんです。アトリアさん、どうせ読みませんしね」

「……そうなのか」


 どうやらアトリアは、私が思い描いていた人物像とは少し異なるらしい。真っ向からお上に歯向かって目を付けられるような真似などしない人物だと思っていたのだが……。


「さあっ! ではでは早速、リヴィアさんの事をお聞かせいただけますかっ!? 剣はどちらで学ばれたのですか? 故郷は? あの十三軍団長と相対したご感想はっ!?」


 テミスが嘆息していると、目をキラキラと光らせたフィーンが嵐のように質問を投げつけてくる。尤も、その内容の半分以上が答えられない物なのだが……。


「……その前に、一つだけ聞かせてくれ」

「何でしょう?」

「私を取材するのは構わん。理由もわかった。だが……何故お前はフリーディアを追っていない? 記者(ジャーナリスト)を名乗るのならば、彼女は最高の餌だろう?」

「っ……それは……」


 テミスの皮肉が籠った言葉に、フィーンは表情を曇らせると黙り込んだ。彼女には悪いが、私は生前の私怨もあり、記者を名乗る連中は信用できない。人の不幸さえも面白可笑しく食い物にする連中は、きっとその腸の中まで真っ黒い泥が詰まっているに違いない。


「あの方は清く……そして正しかった」

「っ!?」


 少しの沈黙を挟んで口を開いたフィーンの顔に先ほどまでの笑顔は無く、そこには元来の性格なのか、生真面目な表情を浮かべた一人の記者が腰を掛けていた。


「失礼、質問でしたね。勿論フリーディア様の件でしたら私も追っていますよ。ですが、他の連中とは違う方向からですが……」

「フム……」


 その言葉に、テミスは喉を鳴らすと目を細めてフィーンを眺めた。

 彼女の言う他の連中……とは他の記者、ひいては自らが手掛けた記事以外の事を言うのだろう。それらは今も、フリーディアをまるで悪人であるかのように扱い、囃し立てて話題を盛り上げている。それとは別の方向と言う事は……。


「なるほど。すまなかった。武人として彼女の噂は聞いていたのでな……」

「……ほほう? そういえばリヴィアさん、強さを求めるみたいな事を言っていましたね? それと何か関係が?」


 テミスが頭を下げると、真面目な顔をしていたフィーンの瞳の奥がきらりと光った。そして、再びやけに大げさに興味深げな表情を模ると、テミスの顔を覗き込んで問いかけた。


「ハハハ。今日の取材はえらく熱心だねぇ。そら、飲み物だ」

「それはもう! この町の英雄様ですから!」

「……ありがとう」


 大きなジョッキを持って現れたアトリアが声をかけると、フィーンは快活な笑顔をアトリアに向けてそれを受け取った。しかし、一方のテミスは礼を言うだけでそのジョッキには手を付けなかった。


「ま、ほどほどにしときなね。アンタの情熱は結構だけど、それに付き合う側は大変さね」

「わかってますよっ! さ、飲み物も来た事ですし、ビシバシ質問に答えてもらいますよ!」

「あ……あぁ……」


 勢いを取り戻したフィーンが身を乗り出すと、テミスは苦笑いを浮かべながら頷いたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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