1117話 抗う力
守りを固めたクズミとシズクが切り結ぶこと数分。
シズクは自らの身を囮とした決死の攻撃を幾度となく繰り出したが、クズミはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたまま反撃に転ずる事は無く、戦局は完全に硬直していた。
しかし、こうして刃を交えている間にもクズミは声高に兵を呼び続け、シズクの胸の中に焦りだけが積もっていく。
「くっ……!!」
「フ……フフフフッ!! その押し寄せる絶望と湧き上がる恐怖に必死で抗う表情……やはり良い顔をするわね……。でも駄目。この手に噛み付いたのだもの、しっかりとお仕置きはしなくては」
「下衆めッ……!!!」
そんなシズクを挑発するかのように、クズミはクスクスと嗤いながら口を開いては、その度に振るわれるシズクの鋭い斬撃を躱し、受け流して再び笑みを浮かべる。
こんなやり取りをもう何度続けただろうか。
迅さも見切りもクズミの方が遥かに上。もう幾度となく切り結んだからこそわかる。武具の練度や身体捌きは私の方が勝っているはずだ。
だというのに、根本的に身体能力が違い過ぎるッ……!!
磨き上げた技は迅さで殺され、弄した策も力任せに破られた。
これがきっと、彼女たちが豪語し、あのテミスさんがあれ程までに警戒していた、『至る者』とやらの力なのだろう。
「ッ……!!! ハッ……!?」
どうして、私にはその力が無いッ!! 必死で努力してきたはずだ。死線だって幾つも越えてきたという自負はある。
それを何故、こんなにも簡単に!! 無造作に捩じ伏せられなくてはならないんだッ!
私にもその力があれば……決してこんな無様を晒す事は無かったッ!!
どうあがいても埋まらぬ格の差を突き付けられ、あまりに悔しさにミシミシと音が響くほど強く歯を食い縛った時だった。
脳裏を掠めた一つの閃きに、シズクはビクリと身を震わせながら動きを止めて息を詰まらせた。
「んん……? ようやく理解したのかしら? ならば後悔なさいな。言ったはずよ? 立場を教え込むと。泣いて喚いて懇願しても簡単に許しはしないわ」
「あぁ……そうか……。これが……」
しかし、下卑た笑みと共に放たれるクズミの言葉は既にシズクには届いておらず、立ち尽くしたシズクはどこか清々しさすら覚えるような微笑みを浮かべて呟きを漏らす。
この身に受けて初めて理解した。人間という種族が何故、あれ程にまで強くなれたのかを。
血と汗を流して得たものを易々と踏み躙られる苦悩。幾ら努力しようと追い付き得ぬ敵を前にした時の焼けつくような口惜しさ。
まるで、心そのものを熱し打ち固めて鋼とするかの如き激情だ。
そしてこの熱こそが、きっとテミスさんの強さの一端で。
「フ……フフ……」
「クズミ様ァッ……!! ご無事ですかッ!?」
「ッ……!? クズミ様……お怪我をッ!? このッ……!!」
「遅いッ!! 近衛が聞いて呆れる!! 何を遊んでおったのだ!! 急ぎ王の居室にも兵を回せッ!」
シズクがだらりと両腕を下げて脱力し、小さく笑い声を上げる傍らで、クズミの号令を聞きつけた近衛の兵士たちが次々と集まってくる。
だが、シズクは怒りに喚き散らす近衛兵たちの声も、そんな近衛たちを激しく叱責するクズミの怒声すら歯牙にもかけず、ドクドクと脈打つ自らの心臓と、今にも胸の奥底から迸り、身体を突き動かさんとする激情に意識を傾けていた。
「ク……ククッ……」
「何が可笑しいッ!! 汚らわしい賊がッ!!」
「待て! 決して殺すな。生かして捕らえよ。奴には己が罪の重さを思い知る義務がある」
次第にシズクは浮かべていた笑みを深めると、口角を吊り上げて不敵に嗤って見せる。
その不敵な笑みに気付いた近衛兵が即座に悋気を上げると、手にした刀の切っ先をシズクへと突き付けて怒声を上げた。
それでも尚、シズクは自らの刀をゆっくりと持ち上げて肩に担いだだけで、俯いたまま言葉を返さない。
そうだ。笑え……嗤えッ!!
光見えぬ絶望の最中でも、テミスさんはいつもこうして不敵に笑っていた。
私は、テミスさんみたいに賢くは無い。だからテミスさんみたいに、戦いの中でもずっと先の事を考えるなんて出来ない。
だから……もう考えない。今、この瞬間、自分がこの窮地を覆す為に、できる事を全てぶつけるッ!!
「……莫迦ね」
「え……っ?」
ひたり。と。
シズクは突然傷付いた左腕を動かして、自らへと突き付けられた刀の峰を掴み取った。
同時に口角を不敵に吊り上げた笑顔を近衛兵に向けて囁いた後。剣光一閃。目にも留まらぬ速さで身を翻しながら刀を振るい、一瞬にして近衛兵の首を刈り取ったのだった。




