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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第4章

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101話 英雄という名の部品

「貴様っ! 何を突っ立っている!? 何故奴等を逃がしたのだッ!」


 その連中が現れたのは、半ば観客と化していた憲兵たちの熱が少し収まった頃だった。重厚な鎧を身に纏ったその兵士たちは装備からして憲兵たちとは異なり、前線での戦いを茶飯事としている者の出で立ちだった。


「……何故逃がしたか。と言いますと?」

「とぼけるなっ! 連中を追う事すらせず見送りおって!」


 その中でも一等歳を食った中年の男が、今にもテミスに掴みかからんばかりの剣幕で、額に青筋を浮かべながら激しくまくし立てる。


「自力で町も守れん連中がよく言う……」

「何ィ……? 今……何と言った?」


 ボソリと。憎しみを込めてテミスが呟くと、微かに耳に届いたらしい男が更にいきり立つ。


「遅参の身でその様な事……良く言えたものだと言ったのですよ。そもそも私は旅人であって兵士ではない、気まぐれで助太刀する事はあっても、あなた達の敵を追跡する義務はありますまい?」

「黙れェッ!! 汚らわしい魔族連中は人間全体の共通の敵である! それを貴様は義務などという言葉で煙に巻くつもりか!」


 やれやれ。と。テミスは男の前でこれ見よがしにため息を吐いた。話が通じないにも程がある。裏にどんな陰謀が隠れていようと、彼等にとってこの町の危機を救ったのは私のはずだ。そんな人間に対してこのような台詞が吐けるとは……この男、余程の身分にあるか底抜けの馬鹿らしい。


「お言葉ですが多勢に無勢です。いくら軍団長を相手にできようと、相手は軍団。この場で戦えば連中も憲兵の皆様に気を配らねばなりません。ですが、私が単騎で追跡すれば、たちまちにハチの巣です」

「ぐ……むむぅっ……」


 テミスは周囲の見物人たちに同意を求めるように音量を上げると、首を振って更に呆れを露にする。


「それに? それを言うならば、あなた達増援がもっと早くに来ていただけていれば、今頃奴等を捉える事ができたかも知れませんね?」


 テミスは男の目を睨み付けながら口角を上げると、ありったけの皮肉を込めて言葉を叩き付けた。こういう面倒事を避けるための作戦であったはずなのに、ここまでやっても効果が無いと、こういう類の連中を相手にするのは空しくなってくる。


「貴様っ……我等を愚弄するかッ!!」


 男の後ろに控えた兵士たちが色めき立ちはじめ、彼らの身に着けた鎧がガチャガチャと音を立てた。


「ハッ……愚弄も何も、事実を言っているだけでありますが? 彼等を守る義務のある筈のあなた達は間に合わなかった。偶然私が通りがかっていなければ、今頃この辺りには地獄のような光景が広がっていたかもしれませんね?」

「こ……のっ……!!! 言わせておけばッ……調子に乗りおってェ……」


 カチリ。と。顔面を怒りで真っ赤に染めた男が歯を食いしばると、わなわなと震える手が腰に下げられた腰の剣へと添えられる。視界の端でそれを追ったテミスは目を細めると、自らの手も先ほど収めたばかりの剣の柄へと添えた。


「……ならば、私と戦うおつもりで? あなた達に代わって善良な町民を守り戦った私と? 私は構いませんが……楽しめそうもないですね」


 テミスは邪悪な笑いを引っ込めると、能面のような無表情で淡々と告げた。その間にも、剣に添えられた手は鯉口を切り、いつ戦闘に入っても問題ない体制になっている。


 楽しめそうもない。とは言ったが、これでもまだ表現を優しくした方だった。葉に衣を着せずに言うのであれば、戦闘などという行為は成り立たず、私が一方的に彼等を虐殺する結果となるだろう。


 ルギウスが手土産がてらに寄こしたこの剣はオリハルコン製だ。見たところ、粗鉄で作られた兵士たちの武器等バターのように切り裂き、身に纏う鎧は紙を裂くかの如く貫くことができるだろう。


 それは最早戦いと呼べるような代物ではないし、剣の素材を知らぬこの場の人間であったとしても、あの戦いを見ていた者ならば似たような未来は想像に難くないはずだ。


「っ……!! このっ……誇り高き我等を何だと思って――」

「チッ……」


 恐らくは、今までもずっとこうして来たのだろう。剣へと伸びていた男の手に力が籠り、その柄を強く握りしめる。その衝撃で、完全に鯉口を切っていた男の剣がカチャリと音を鳴らした。


 やむを得ない。こいつ等は生かさず殺さず沈めてから身を隠そう。

 対話による和解を早々に諦めたテミスは心のそう決めると、ピクリと刀に添えられた指が動いた。面倒事は御免だが、振り払う火の粉は払わねばなるまい。


「ちょちょちょちょ~っっっ! 待って下さい待って下さいっ!」


 テミスの剣が鞘走る刹那。その真ん中に勢い良く飛び込んできたのは、一人の黒髪の少女だった。

 緩いウェーブのかかった短い髪をピンでとめたその少女は、テミスに背を向けて男へ立ちはだかると、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら声を上げた。


「ヘルムスさんっ! 彼女は確かにこの町の恩人ですよっ! それに、あの十三軍団長と渡り合える人材ですっ! ここで処断してしまうのはもったいないと思いますがっ!?」

「……フィーンか。お前、その女の戦いぶりを見ていたのか?」

「ええそりゃもうバッチリとっ! かの軍団長と互角……いや、互角以上に戦うその姿は、まるで戦女神の如き勇猛さでしたっ!」

「ほぉ……なるほどな」


 フィーンと呼ばれた少女が言葉を重ねるにつれて、男の悋気がみるみるうちの収まっていく。テミスはそれを油断なく眺めるだけで、咄嗟に覆い隠した外套の下では、今でも手は剣の柄へと添えられていた。


「そこまで言うのなら……この無礼者を見逃してやらんでも無い」

「いやぁ~……ありがとうございます! さっすがヘルムスさん、男気に溢れていますねぇ!」

「フッ……。ただ……解っているな?」

「ええ。ええっ! 勿論ですとも!」

「おい――っ!?」


 話が何やらおかしな方向へと逸れはじめているのを察したテミスが、割って入ろうと声を上げると、いつの間にか後ろに回されていた少女の手がテミスの脇腹をつつく。


 目を落とすと、ピースサインを軽く左右に振っている所を見ると、口出し無用という意味なのだろうが……。


「ならば……仕方あるまい。おいお前。フィーンに感謝するのだな……帰投するぞ!」

「ハッ!」


 男は少女の頭越しに、大仰な口調でテミスへ嫌味を投げつけると、部隊の連中をまとめあげてさっさと引き上げていった。


「ふうっ……やれやれ。災難でしたねリヴィアさん」

「はっ……? あ、ああ……」


 耳慣れない名前にテミスは一瞬たじろぐと、先ほど自らが名乗った偽名だという事を思い出してぎこちなく頷く。


「まったく……イヤーな連中ですよ。余計なこと以外は何もしないくせに……私、奥さんに頭が上がらないの知ってんですから!」

「ハハ……いや、すまない。何か君に支払わせてしまったように見えたが……」

「良いんですよ! 私達は皆、あなたに救われた事を知ってますからっ! 本当にカッコ良かったです! ありがとうございますっ!」


 少女はコロコロと賑やかに表情を変えると、最後に人懐っこい笑みを浮かべてテミスへと頭を下げた。その周りでは、心配そうにテミス達の様子を見守っていた憲兵や住人たちが、彼女に同意するように深く頷いていた。


「で・す・が……もしよろしければ……取材をさせていただきたいのですが?」

「へっ……? 取材!?」


 ニンマリとした笑みを浮かべた少女の言葉に目を丸くしたテミスの裏返った声が、ロンヴァルディアに響き渡ったのだった。

11/30 誤字修正しました

2020/11/23 誤字修正しました

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