1109話 最後に残された者
ギャリン! ガギィンッ!! と。
激しい剣戟の音を打ち鳴らしながら、シズクは苛烈な攻めの手を緩めることなく打ち込み続けていた。
それを受けるクズミは時折苦しそうな表情を浮かべながらも、一振りの小刀でシズクの攻撃を捌きつつ、徐々に後方へと退いていく。
「はぁッ!! せいッ!!! っ……このォ!!!」
「フフフ……」
「そうやって……ッ!! 笑っていればッ……!! いいです……ッ!!」
シズクがいくら打ち込んでもクズミからの反撃は無く、ともすれば刀を交えているシズクであっても、圧し切ってしまえるのではないかと思ってしまう程優勢に見えた。
けれど、全力で振るっているはずの白刃がクズミの肌に届く事は二度と無く、打ち込んだ刀が返してくる感触も、弾くでも打ち合うでもない気味の悪い感触ばかりで。
その感覚に、シズクは自らがクズミに誘いこまれていることを直感させていた。
「少し強引でしたが、信頼をもぎ取ったのです。先を託したからには、私は私の役目を果たしてみせるッ!!」
「っ……!!」
だが、それでも構わない。
シズクは己が覚悟を刀へと乗せると、数度大振りの斬撃を繰り出した後、身を翻して鋭い刺突をクスミへと突き付けた。
数度の斬撃で決めの技を警戒させた上の刺突。
渾身の力を込めたシズクの刺突は、クズミの守りを突き破る事こそは無かったが、ビリビリと痺れるような手ごたえと共に一際けたたましい音を奏で、クズミの身体を部屋の外へと弾き出した。
「テミスさんッ!!!」
「っ……!?」
「……ご武運を」
荒々しい吐息と共を一つ吐いた後、シズクは突き出した刀を軽く振るって空を薙ぎ、意を決したようにテミスの名を呼ぶ。
そんなただならぬ気迫の籠った声に、テミスが言葉すら返す事ができずに振り返ると、シズクもまたニヤリと不敵に口角を吊り上げてテミスへと視線を向けており、ただ一言だけを残して駆け出していく。
その瞳には、自らの命運を託して血路を拓く覚悟の光が煌々と輝いていた。
「っ~~!!! シズク!! そちらは任せたぞッッ!!!」
そんな眼を見せられては、『行くな』などと言える訳が無い。
テミスはギシギシと奥歯が軋みをあげる程に固く歯を食いしばった後、クズミを追うシズクの背に一言叫びを返す。
直後。
部屋の外からくぐもったシズクの咆哮と共に、再び剣戟の音が響き始めると、時間と共に次第にその音も聞こえなくなっていった。
「っ……!!」
「……放っておいて構わんのか?」
そうして部屋の中には静寂が訪れ、残されたのはヤトガミとテミスのみになったのだが……。
テミスが心を乱して隙を見せているにも関わらず、ヤトガミは攻撃を仕掛ける訳でも無く、ただ悠然と腕を組んだ格好のまま静かに問いかけた。
「なんだと……?」
「いや、お前が良いと言うのならば構わんのだが……。互いに力を得た今も我に及ばぬとはいえ、ああ見えてクズミも腕一つで我が正妻の座を勝ち取った豪傑。だが、得物を嬲る悪い癖もあるのだ。シズク……とか言ったか、あの女も楽には死ねまい」
「ハッ……だから何だ? 私がシズクに助太刀をしに行くと言った所で、お前がはいそうですかと素直に道を譲る訳でもあるまい」
その問いに、テミスがピクリと眉を跳ねさせて向き直ると、ヤトガミは意地の悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。
しかし、それに応ずるかのようにテミスもまた不敵な笑みを浮かべると、ギシリと大剣の柄を固く握り締めて問いを返した。
同時に、テミスは一瞬だけ自らの意識が霞むのを感じたが、意識の隅に生じた僅かな霞は、歯牙にかけるまでも無く即座に霧散する。
「否。お前が我が前に傅き、恭順を示すのならば赦しても良い。クク……あの獣人は並だが、強き人間であるお前が飼うのならば構うまい」
「あぁ……。なるほど」
そして続けられたヤトガミの言葉に、テミスは己の中で何かがぷつりと音を立てて弾けたのを感じた。
戦うまでも無く理解した。このヤトガミという男は、その口が語るような王でも、武勇を誇る戦士でもない。
理解出来ないが故に、シズクの残した戦場での覚悟をこうも嗤う事ができるのだ。もしくは、全て理解したうえでそれを踏み躙る外道であるか。
どちらにしても、切り捨てる事に変わりは無いのだが。
「私は任せ、託されたのだ。追う理由もあるまい。それに……守りながら戦うのは不得手でな。そろそろその傲慢な面を、醜い泣きっ面へと変えてやろう」
テミスは握り締めた大剣を構え直すと、胸の中に残った不安を棄て去り、不敵な笑みを浮かべて言い放ったのだった。




