1108話 信頼を託して
「卑劣な小虫風情が要らぬ邪魔をしてくれるッ……!!」
テミスとシズクが肩を並べて剣を構え、体勢を立て直した一方で。
ヤトガミはシズクに刀を突き立てられた肩を押さえながら、低い唸り声と共にギラリとシズクを睨み付ける。
しかし、憎悪と殺意の籠った視線にシズクが肩を跳ねさせると同時に、シズクを庇うように漆黒の大剣を構えたテミスが進み出ると、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「卑劣なのはどちらだ? あれ程の大言壮語を吐いておきながら小細工を弄するとは、少しばかり力を得た程度では、腐った性根は変わらんらしい」
「ほざけ。我が神威は小細工に非ず……天意である。あのまま抗う事無く受け入れておれば良かったものを」
「何が天意だペテン師め。その力で以て相手の意識を揺さぶり、隙間を作らねば掛ける事さえできない欠陥魔法には過ぎた名だ」
「ンン……? おかしいな。貴様は先程、天意に屈しかけていたように思えたが?」
その舌戦は、戦局にテミス達の苦境をありありと浮かび上がらせていた。
一度、こちらから仕掛けた攻撃を返されたテミスは慎重にならざるを得ず、テミスが動けないとなると、意識の隙間を突かねばならないシズクも迂闊には動けない。
狙うべきはカウンター。まずはヤトガミに一撃を繰り出させてそれを躱し、その際に招じた隙に攻撃を叩き込む。
だというのに、ヤトガミは迸る怒りを滾らせてはいるものの、その巨大な拳や力に任せて襲い掛かってくる訳でも無く、ただテミス達に向けて身構えたまま舌戦に応じている。
このままでは埒が明かない。いつまでもこの場所に兵士が押し入って来ない保証は無い。
仕掛けて来る気が無いのならば、その気にさせるまで。
そう判断したテミスが、更に一歩前へと進むべく脚に力を込めた時だった。
「……良かろう。あくまでも我に反逆すると言うのならば致し方が無い。九澄ッ! クズミノカミよッ!」
「はい。ここに」
小さく嘆息したヤトガミが誰かを呼び寄せるかのように吠え声を上げると、部屋の入り口から一人の女がするりと姿を現し、静かな声で答えを返す。
「っ……!?」
「……!!」
その突如として響いた声に、シズクとテミスは揃ってピクリと肩を跳ねさせると、突如として姿を現した女へ視線を向けて警戒を強めた。
ヤトガミ自身が呼び寄せたところを見ると、恐らくは特別に信の厚い兵といった所だろうか。
だが、例の力とやらを持っていないのならば、物の相手ではない。
このクズミとか呼ばれた女を切り口に、膠着した戦況を覆すッ!!
敵の不用意な増援に、テミスは一縷の勝機を見出したのだが……。
「おぉ……クズミよ。我が妻よ。我は今、この胸が張り裂けてしまう程の悲しみの中に居る。この者達は力無き身でありながら、我等に楯突こうというのだ。何故……こうも世界は愚かなのであろうか」
「ふふ。仕方の無い事ですわ。地を這う虫が空を飛ぶ鳥の心を解せぬように、天をも統べる私達の力を彼女たちが解せぬのも道理というもの」
「何ッ……!?」
クズミを迎えるや否や、大仰な口調で嘆いてみせたヤトガミに、テミスはぎしりと歯を噛みしめると、涼やかな笑みを浮かべながらゆっくりとヤトガミの元へ歩み寄るクズミを睨み付けた。
一見、ゆったりとした豪奢な着物のような服を纏ったクズミに戦う力は無いだろう。
だが、その言動から察するにクズミもまた、ヤトガミと同じく獣人の枠を超えた力を持っている可能性が高い。
どちらにしても、このままヤトガミと合流させる訳にはいかないッ!!
新たに表れた戦力を各個撃破すべく、テミスが標的をクズミへと切り替えて斬りかかろうとした瞬間。
「ここは私がッ!!」
「シズクッ!? 止せッ!!」
シズクが一陣の風と共にテミスの傍らを駆け抜け、制止の声さえ振り切ってクズミへと斬りかかった。
しかし、直後に響いたのは振り下ろした刀を受ける甲高い金属音で。
その手元では一振りの小刀が、ギシギシとシズクの振り下ろした白刃を受け止めて輝いていた。
「構いませんね……?」
「ウム」
「このッ!!!」
「ふふっ……御許しも出た事だし。遊びましょう?」
「クッ……!!」
ガギンッ! ジャリンッ! と。
クズミはヤトガミと短く言葉を交わした後、妖艶な笑みを浮かべてシズクの攻撃をいなすと、踊るような動きで少しづつ退いてテミス達との距離を開いていく。
連中の狙いも自分達の各個撃破だ。そう気付いたテミスが、即座に敵の術中へと誘いこまれつつあるシズクを呼び戻そうとするが……。
「こっちは私に任せてください!!! テミスさんは王をッ!!」
「ウッ……!?」
シズクは気迫の籠った連撃でクズミの守りを崩すと、浅いながらもクズミに一太刀を入れて鋭く叫びを上げたのだった。




