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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1105話 二つの理

「戯けた野望……か」


 僅かな沈黙の後。

 ヤトガミは大きく息を吸い込むと、深い溜息と共に呟くように言葉を漏らした。

 同時に、その顔に浮かんでいたのは見て取れるほどの深い失望で。

 テミスは僅かに姿勢を前傾させながら、ヤトガミが言葉を続けるのを待った。


「わざわざ我が前に押し入ってまで、このギルファーの王に問おうと言うのだから何かと思えば……。実に下らん。解るか? 貴様にこの失望が」

「すまないが、自らヒトを超越したなどと吹聴する痴れ者の思考など、私は理解しかねる」

「……哀れな。無理もない。その卑屈さこそ、人間の限界であろうな」


 しかし、続けられた言葉はテミスの問いに対する答えなどではなく、ヤトガミはただひたすら哀れみの視線を向けながら問いに対する感想を並べるばかりだった。

 会話すら成り立たんか。……と。

 大仰に肩を落として嘆き続けるヤトガミを眺めながら、テミスは心の中でため息を漏らす。

 言葉は通じたとしても、圧倒的に価値観のかけ離れた者同士の間では会話が成り立つ事は無い。

 会話とはそもそも、個体同士の相互理解のために存在するのだから、互いに歩み寄らなければ成立しないのも道理だろう。


「例え人間の身であれど……我が前へと辿り着いた貴様であれば或いは……と思ったのだがな」

「くどい。御託は結構だ。是か非か……一度その名に懸けて問いを赦したのだ。さっさと答えて貰おう」


 嘆きを続けるヤトガミの言葉を、テミスは冷ややかに切り捨てると、その目を鋭く睨み付けて問いを重ねた。

 尤も……この言動を見る限り、まごう事無くクロなのだろうが。

 テミスはそう胸の内で結論付けると、ヤトガミの答えを待ちながら緩やかに姿勢を落して密かに構えを取る。

 この男が今ようやく築き上げた薄氷の平穏を破壊せんとする悪であるならば。背負ったこの剣を抜き放ち、全霊の一撃を叩き込む。

 そう心に決めていたのだが……。


「強者が弱者を統べるは世の理。何故今更そのような事を問う?」

「っ……!?」


 ようやく返って来た返答には、邪気も、驕りも欠片すら無く。

 ただ純粋な疑問と、万物不変たる世界の基本的な常識すら理解し得ぬ珍獣を見るような、深い憐れみで満たされていた。


「貴様ら人間の世も同じであろう? 弱者は強者の庇護の元で生き、その代償として豊かさを差し出すのだ。なればこそ、ヒトの枠を超えし我がこの世を統べる事こそ物の道理」

「……笑えん冗談だな。ただ自らが贅を尽くし、搾取する為の方便にしか聞こえん」

「カカッ……!! 面白い冗談だ。強者とは弱者の肉を……即ち命をも喰らう権利を持つのだ。庇護に与れるはこの上ない幸福であろう」

「強者こそ絶対なる正義……。獣人族の矜持か」


 朗々と理を説くヤトガミを前に、テミスは小さく首を振りながらため息を吐いた。

 確かに、一部の冒険者将校や王族貴族を中心とした社会を築くロンヴァルディアや徹底した身分制度を敷くエルトニア、そして強大な力を持つギルティアの元へ集った強者が領地を統べる魔王領にも、ヤトガミの説く弱肉強食の理は存在するのだろう。

 それは、私の率いる黒銀騎団とフリーディアの白翼騎士団が統治しているファントにも言える事だ。

 だが少なくとも私やギルティアは、他の国々を支配すべき対象であると見做してはいないし、ロンヴァルディアやエルトニアもそれぞれの事情で他の勢力と争う事はあれど、全ての国々を支配下に置こうなどと考えてはいないだろう。


「然り。強者に恭順する事こそが唯一にして絶対なるこの世の理。弱者は強者の糧となるべく世に生を受け、強者はそれを貪り喰らうが神の示した道理なのだ」

「だからお前は庇護すべき城下の獣人族を見棄てた……と?」

「見捨ててなど居らぬではいか。我に仕える資格を持つ強き者、聡き者はこうして我が元へと招いて居る」

「あぁ……なるほど……。よぉく解った。理解したよ」


 ニヤリ……と。

 胸を張り、剛然と言い放ったヤトガミにテミスは口角を吊り上げて口を開いた。

 厳密に言えば、ヤトガミの理論に間違いは無い。それぞれの『個』が成す世界である以上、何処を切り取ろうと多かれ少なかれ弱肉強食の理は存在するだろう。

 だが、ヤトガミの語る理はあまりに未熟かつ原始的で、そこにおおよそ『ヒト』の理たる『社会』は存在しない。

 この男の語る庇護は強者による一方的な物。おおよそ『社会』などと呼べるものではなく、辛うじて『群れ』と称するのがやっとだ。

 だからこそ。『獣』が欲求のままに肉を喰らうように、この獣の王もまた己が欲の赴くままに世界を欲するのだ。

 ならば。

 そんな欲望の権化たる『獣』に理性と知性を備えた『ヒト』が成すべき事などただ一つ。


「ウム。理解したのならば――」


 この男は世界の敵である。

 そう判断して不敵な笑みを浮かべながら応じたテミスが、理解を示したと解したのだろう。

 深く頷いたヤトガミが言葉を発しかけた瞬間。


「――ヒトの世に害を為す獣……害獣は駆除せねばならんなァッ!!!」


 テミスはその言葉を遮って口を開くと、目にも留まらぬ閃光の如き速度で背中の大剣を抜き放ち、光を纏った刃をヤトガミに向けて振り下ろしたのだった。

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