100話 愚者へ贈る劇闘
その戦いは、マグヌス達が数の利を生かしていないという一点を除けば熾烈を極めていた。武器を構えた魔族たちが雄叫びを上げ、テミスに向かって次々に波状攻撃を仕掛ける。
「甘いッ! 遅いッ!!」
テミスは次々と繰り出される刃を受け、払い、弾き飛ばした。時に数合打ち合う事もあるが、大振りの攻撃を放った直後に拳打を叩き込んで突き飛ばす。そんな一種の作業にも似た戦闘を繰り返すと、残った十三軍団の顔触れはマグヌスとテミスの仮装をしたサキュドのみになっていた。
「ほぉ……なかなか腕が立つらしいな。お前……名は何と言う?」
地面に剣を突き立ててその様子を眺めていたサキュドが、予定していた台詞を言い放った。多少予定とは異なったが、人間共の反応を見る限り効果は抜群らしい。
「お前達の様な者に名乗る名は無いっ!! ……と言いたいところだが、武に身を置く者として答えん訳にはいかんか……」
テミスは不敵な笑みを浮かべるてそう前置くと、芝居がかった身振りと共に名乗りを上げた。
「我が名はリヴィア! 強者との戦いを求めて旅をする者なり!」
「リヴィアか……その名、しかと覚えておこう」
サキュドの口角が吊り上がり、ほんの一瞬だけ真横に佇んでいたマグヌスへと視線を向ける。その視線にマグヌスが薄く頷いた――次の瞬間、サキュドの姿が一瞬の揺らめきと共に掻き消えた。
「っ!!」
バギィンッ! と火花と共にひと際大きい金属音が鳴り響く。一瞬で大剣を引き抜いて距離を詰めたサキュドの大剣を、テミスは動じることなく受け止めて鍔迫り合う。
しかし、今回の打ち合いは鍔迫り合いを楽しむ余裕は無かった。
「オォッ!!」
気合の入った咆哮と共に、サキュドの陰から飛び出したマグヌスが抜き放った剣が、がら空きのテミスの首をめがけて叩き込まれる。
「フッ……それで良い。全力で来い」
テミスはボソリと呟くと、受け止めた大剣を受け流して逸らし、叩き込まれるマグヌスの刃の方へと誘ってやる。すると、テミスの剣の腹を滑った大剣が甲高い音と共にマグヌスの剣を受け止めた。
「ムゥッ!?」
「っ!!」
驚きの声と共に一瞬硬直した二人の隙を見逃してやるほど、テミスは甘くは無かった。
大剣に弾かれて体勢を崩したマグヌスの腹に渾身の蹴りを叩き込み、町を守る壁へと叩き付ける。そして、その刹那の間で体勢を立て直したサキュドと向き直り、一対一の態勢を作り出した。
「っ……」
「どうした? その程度か? 私のような者とやり合える機会などそうはあるまい……全力を出さねば勿体ないぞ?」
「ハッ……良く言うわ……」
テミスが挑発がてら発破をかけると、眉をひそめたサキュドがぼそりと呟く。
槍と剣では相当勝手が違うのだろうが、私を騙る以上はある程度の腕前を誇示しておく必要がある。
「なら……こちらからいく……ぞっ!」
「そう来たかッ!」
そう叫びをあげると、サキュドは身構えたテミスに向かって正面から斬りかかる。だがその半身に構えた動きは剣のものでは無く、手首を軸に半月を描いて撃ち込まれる大剣は、槍の動きそのものを再現していた。
「だがっ……」
ガギィッ! と横薙ぎに撃ち込まれた強烈な一撃が、テミスの言葉を止めさせる。
弘法筆を選ばずとは言うが、槍を大剣へと持ち替えてもサキュドの動きの鋭さは衰えていなかった。
「ぐっ!?」
特に、突きの鋭さと戻しの早さが半端ではない。
テミスが反射的に首を逸らしたすぐ後を、漆黒の大剣が素通りする。その直後、目にも止まらぬ速さで引き戻された切っ先が、再びテミスの顔面をめがけて叩き込まれる。
「っ……セアッ!!」
「痛ッ!?」
その突き出された切っ先に、テミスは自らの剣を叩き付けた。
この戦いの中で一番大きな音が響き渡ると、剣圧で巻き上げられた砂埃と共にテミスが大きく跳び下がる。
「すげぇ……見えたか? 今の……」
「いや……何も……知らなかったぜ、軍団長ってこんなバケモンみたいに強えぇのかよ……」
「っ……頼む。勝ってくれ……ッ!」
その耳に、既に観戦モードに入っている兵士たちの呟きが飛び込んで来た。
「……なるほど」
二人から距離を取ったテミスは小さく呟くと、剣を構え直しながら唇を歪めた。
こうして見てみると、案外捉えられていなかった情報が零れて来るものだ。衛兵とは言ってもここは前線から離れた王都。実戦経験がある者など殆ど居ないという事か……。
予想外に得られた貴重な情報にテミスが密かにほくそ笑んだ時。その頬をチリチリと焦がしながら、一陣の熱風が通り過ぎていった。
その熱風に煽られて砂埃が吹き飛ばされると、観戦をしていた兵士たちの間から悲鳴が漏れた。
「おいおい……本気で来いとは言ったが……」
粉塵が晴れたその向こうでは、自らの剣に炎を纏わせて構えるマグヌスの姿があった。
「奥義・竜炎爪」
ゴウッ! と。マグヌスが呟いた瞬間に、それに呼応するかのように炎が燃え上がる。自らの放つ熱が生み出す陽炎に揺らめくその剣はまるで、物語の中の龍が吐き出す炎のように煌々と白熱した光を放っていた。
「我が奥義。受け止められるか……!?」
「っ…………」
鋭い眼光でテミスの目を貫いたマグヌスが、重く静かな声で問いかける。
……まずいっ! その瞬間。テミスは一つの事実を直感した。あの馬鹿正直なマグヌスの事だ。たとえお芝居とはいえ、上司である私に刃を向ける事に少なくない抵抗があったのだろう。
その葛藤を、私の叩き込んだ蹴りが吹き飛ばしてしまったのだ。叱咤と捉えたのか、武人への愚弄と考えたのかは知らないが、私の言葉を大真面目に受け止めたマグヌスは、今『本当の全力』で相対している。
「くっ……」
テミスの喉がごくりと動き、その頬を薄く冷汗が滴る。
人間の英雄として受け入れられなければならない以上、私はその枠を超える訳にはいかない。魔族が得意とする魔法を使う訳にはいかないし、能力なんてもっての外だ。
「馬鹿がっ……」
小さく吐き捨てながらテミスは身を低く落とすと、マグヌスへ向けて斬り込んだ。
あんな攻撃を人間の範疇で正面から受ければ骨も残らない。ならば、その技に威力が乗り切る前に、観衆共の目線からなるべく離れた位置で能力を使って受け止める。それ以外の方法は無かった。
「炎剣・レーヴァテインッ!」
白熱するマグヌスの剣と打ち合う刹那。目を見開いたテミスは小さく呟いて能力を発動させる。
同時にテミスの剣からも炎が立ち上り、マグヌスの剣が放つ炎の波とぶつかり合って熱波へと姿を変える。
「弁えんか戯けッ!」
「――っ!!」
テミスが灼熱の空気が胸を焦がすのを無視して鋭く言い放つと、ぴくりと肩を震わせたマグヌスが大きく目を見開く。
「申し訳ッ――」
「良いから回れッ! 後は合わせろ!」
「っ!」
ごうごうと鍔迫り合いを続けながら短く指示を出すと、マグヌスは剣を押し込みながら町の兵士たちへと背を向けるように立ちまわった。それを受けるテミスもまた、圧されているかのように振舞いながらマグヌスの陰へとその身を隠した。
「セイッ!」
「ッ!? ウオオオオオオオォォォォォッ!?」
「へっ!? っき――っ~~……!!」
完全にマグヌスの巨体に姿が隠れた瞬間。テミスは腰を落として地面を転がると、巴投げの要領でマグヌスの体を蹴り上げてサキュドの方へと投げ飛ばした。
驚きの叫びをあげながら飛んでいったマグヌスは、サキュドに激突してやっと投げ飛ばされた勢いが止まる。何やら一瞬可愛らしい悲鳴が聞こえたような気がしたが、自分の為にも聞かなかったことにしておくのが良いだろう。
「ハァッ……ハァッッ……! ――っ!」
荒い息を吐いたテミスが、残火の残る剣を地面に突き立てて立ち上がると、人間達の向こう側から荒い声と共に歓声が上がった。
「よしっ……!」
それが増援であると確信したテミスは、折り重なって立ち上がるサキュド達へ視線を送る。それに気が付いたマグヌス達は小さく頷くと、立ち上がって声を上げた。
「この町にはなかなの手練れが居るらしい……打撃を与えられなかったのは残念だが……退くぞっ!」
「ハッ!」
予定通りに撤退宣言をしたサキュドが身を翻すと、外壁の外に身を隠して騎乗を済ませていたハルリト達が一斉に姿を現す。
「魔族は去ったぞ! 我等の勝利だッ!!」
素早く身を翻して馬に飛び乗ったサキュド達を眺めながら、テミスは抜き身の剣を振り上げて勝ちどきを上げる。その数瞬後。爆発でもしたのかと聞き間違うほど巨大な歓声が人間達の間から放たれた。
「やれやれ……」
テミスはそう呟いて門を潜ると、瞬く間に小さくなっていく複数の戦士達の背中を眺めながらため息を吐いた。
今回は芝居だったが、いつの日かサキュド達と本気で剣を交える日も来るのだろうか……?
「っ……フッ、来て早々にこれか。あてられたかね」
テミスは皮肉気に頬を歪めると、いまだに熱狂が冷めやらぬ人間達へ視線を向けて呟いたのだった。
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