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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1095話 命の意味

 隠された箱庭を後にしたテミスは、箱庭へと続く階段を厳重に隠した後、古びた倉庫の扉も慎重に閉じて帰路へと付いていた。

 行きと違って帰り道は道筋や潜伏場所の確認も必要無く、自らの気配を消す事と、周囲に人の気配が無いかに気を配るだけで済むので、作業としてはかなり楽だと言えるだろう。

 だからこそ、テミスは自分達の部屋へと戻る道を急ぎながら、頭の中で新たに手に入れた情報を吟味していた。


「……不味いことになったな。まさか、あんなモノが出てくるとは」


 あの小さな箱庭にひっそりと佇んでいた石碑によれば、この山城の建てられている山の頂上へと辿り着けば、約束の地とやらへ臨む力と資格を得られるらしい。

 そして、もしも本当にこの国の王が強大な力を手に入れたというのならば、まず間違い無くあの石碑の指し示す力とやらなのだろう。

 ヤタロウの話の中にしか出てこなかった確証の薄い情報に、予想だにしない証拠が飛び出てきてしまったのだ。

 だが、あの石碑の表面にこびり付いていた苔は、十年やそこいらで茂るような量では無かった。

 つまるところ、王は石碑に苔が生い茂るよりも前にあの場所を見つけたのか、もしくは全く別の方法……あるいは偶然に導かれて力の存在を知った事になる。


「どちらにしても……厄介な話だ。何処のどいつかは知らんが、尻拭いをする身にもなってほしいものだ。安易に強大な力を残せばどうなるかなど、想像するのは容易だろうに」


 音の響く廊下を足早に通り抜け、その身を階段へと滑り込ませながらテミスは溜息まじりに呟きを漏らした。

 あの石碑と、()とやらを残した奴は、力を増幅するだとか、譲渡するだとかいった類の能力を持った転生者(お仲間)か、はたまたこの世界に根ざす強大な力を持つ別の存在なのだろうか?

 そいつは一体どんな気持ちであの石碑を作り、世界を支配するなどと豪語できる程に強力な力を残したのだろう。


「あぁ……全くイライラする。高山の頂上で力が得られるだぁ……? どれだけ幸せな脳味噌の作りをしていれば、本当にそんなモン作るかね。ンなモノが在るとわかりゃ、善人だろうと悪人だろうと根性を捻り出すだろうが」


 テミスは前方から歩いてくる兵士を物陰に隠れてやり過ごしながら、口の中でブツブツと胸の奥から溢れてきた文句をひとりごちる。

 たとえ転生者であろうとなかろうと、こんな厄介なモノを残した奴の頭の中はきっと、どこぞのお人好しな王女様の如く、満開のお花畑が広がっているのだろう。

 もしくは、最後の最後までこの世界を現実(リアル)だと理解する事のできなかった狂人だ。

 そうでなければ、たとえ高山の頂上とはいえ、努力すればだれでも辿り着けるような場所に、意味深な石碑まで設えて無造作に力を放置する訳が無い。


「…………。いや……」


 通りがかった兵士が完全に立ち去ったのを確認してから、テミスは身を隠していた物陰から這い出る途中で、不意に動きを止めて口ごもった。

 断じてあり得ない。認められる事ではない。そんなモノを遺してくれた結果がこのザマだ。

 だが、遺産という言葉が頭の片隅を過った瞬間、何故か全てが腑に落ちた気がしたのだ。

 確かに一度、緩慢な『死』というものを経験したからこそ解る。

 老いか病か……それとも絶望か。逃れ得ぬ死が間近に迫った時、人は自らの生きてきた意味を問うのだ。

 自らが生きてきたこの世界に、自分は何を残す事ができたのか……と。


「……。ハッ……『あの』世界で何も遺し得なかった私が、偉そうに文句を言えた事ではないな」


 世界を渡った今では知る術もないし、元より死後の世界の事など知る気も無い。

 けれど、一つだけ確かな事があるとすれば。形はどうあれ一度はあれ程までに世間に騒がれたといえど、今頃は新たな話題に上塗りされ、人々の記憶にはあの男が何をしたのかも……その名さえも残ってはいないのだろう。

 自ら死を選んだあの男は、全てを諦めたが故に、何かを残そうとする努力すら放棄したのだから。

 ならばその結果がどうであれ、自らの力を……生きた証を後世へと遺さんとあがいた先人を嗤う事などできるだろうか。否……できるはずもない。


「もしも私に、そんな最期が訪れるのだとしたら……」


 ……テミス()はこの世界に、何を遺すのだろうか。

 今世とて、血と恨みに塗れたこの身だ、どうせ碌でも無い死に方をするのだろう。

 けれどもしも、自らの生き方を問い返す事が出来る程に穏やかな最期を迎える事ができるのならば、どんな形であろうと何かを遺そうとするのだろう。今度こそ……私はここに生きて居たのだ……と。


「……下らん妄想だな。あの場所の雰囲気に毒されたか」


 そんな風に考えを巡らせつつ自分達の部屋まで帰還を果たしたテミスは、苦笑いを浮かべて部屋の戸を開きながら、如何にあの石碑と箱庭の存在を秘匿しながらシズク達に情報を伝えるかへと思考を切り替えたのだった。

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