1093話 深層への潜入
「連中は任せる。私は……さらに先へ進んでみる」
第二階層へと辿り着いたテミスは、後に続くシズクへ小声でそう告げると、眼前にそびえるさらに上の改装へと続く階段へと歩を進めた。
一方で、シズクはテミスの言葉にコクリと小さく頷きを返し、ゆっくりとした足取りで進んでいく荷運びの兵士たちの背を追って、薄闇の廊下へと消えていった。
「……さて」
そんなシズクを見送った後、テミスは自らが赴くべき上階へと視線を向け、小さなため息とともに微笑を漏らす。
もしも私の予測が正しいのならば、この第二層にはシズクの両親が監禁されている可能性が高い。
尤も、自分達のあてがわれた部屋のある第一層から程近い位置にあるはずだという予測しか立っていないが、シズクやコスケにとっては探索する価値はあるだろう。
だがそれは同時に、私にとって探索する価値は無いという事で。
ならば、手分けをするという体で救出作戦に関する探索はシズク達に任せ、私は自らの目的の為に先へと進むべきだろう。
「何処まで向かうべきか……否、何処まで向かう事ができるか……だな」
呟きと共に笑みを消したテミスは、上階へと続く階段へ足を踏み入れると、足音を殺して慎重に先へと歩を進めた。
この第一階層から第二階層を繋ぐ階段は比較的マトモな造りとなっており、隣にはすぐ上の第三階層へと続く階段があった。
だが、建物を継ぎ接ぎしたかのように入り組んだこの山城では、この階段がどこまで続いているのかは分からない。
ひとまず、帰還が可能な範囲で登れる所まで、ひたすらに上階を目指し続けるのが最適だろう。
「ほぉ……? これは……」
そう定めたテミスが、次々と現れる階層を無視して上へ上へと登り続け、幾つ目かの階層へと辿り着いた時だった。
新たな階層へと足を踏み入れた途端、その階層の雰囲気はこれまでの階層とは一線を画していた。
これまで見てきたこの山城の造りは、謁見の間の近辺を除いて石を用いた石畳や、木材、酷い所では掘りっぱなしの岩肌がむき出しになっている所もあった。
だが、この階層の床は顔を近付ければ反射する程、恐ろしく綺麗に磨き上げられた石畳でできており、周囲に築き上げられた壁も、テラテラと設えられた明かりの光を照り返している。
「ここが最上層……か……?」
即座に周囲を確認し、辺りに人の気配が無い事を確認すると、テミスは探索を試みるべく脚悪露を殺して歩を進めた。
しかし、その瞬間。
コツーンッ……!! と。
磨き上げられた石畳から殺したはずの足音が僅かに奏でられると、静まり返った廊下に響き渡る。
「っ……!! なるほど、そういう造りか」
恐らくは、この床を構成する石畳自体が凄まじく硬質な素材なのだろう。
しかも、石畳の下には幾つかの空洞が存在するらしく、微かに立ててしまった足音を増幅して響き渡らせている。故にこの階層では足音を完全に消す事は、事実上不可能だ。
だが、靴を脱いで靴下になれば磨き上げられた石畳は容赦なく足を滑らせ、機動力が殺される。そして素足になれば、鏡の如く磨かれた石畳には足跡が残り、侵入者を追跡し続けるだろう。
「ある程度の足音は諦めるしかないか……。だが……これはいよいよもって当たりを引いたか……?」
コツリ、コツリ。と。
テミスは数度石畳につま先を打ち付けて確認した後、完全に足音を消す事を諦めて歩を進めながらニヤリと口角を吊り上げた。
体感では、既にここはあの謁見の間よりも高い位置にあるはずだ。
加えて突如変化した様相に、美しさと実用性を兼ねたこの造りは、王族に連なる者達が暮らしていると見るに相応しい要素だろう。
だが、王達が住まう階層にしては、下の階層から直通で繋がっていたし、警備の兵も配置されていなかったが……。
「フム……考え過ぎ……か……? まぁいい、ひとまずこの階層全体の確認から進めていくか」
そう独り言を零すと、テミスは新たな階層の情報を集める為に、コツリコツリと人気のない廊下に足音を響かせながら歩を進めていく。
通常の山城というものは山を作り変える都合から、上層階へと進む程その階層面積は狭くなるはずだ。ならば、そう大した時間をかけずに探索できるはず……。
テミスは胸の片隅に僅かな引っ掛かりを感じたものの、新たな情報を前にそれを胸の内へと仕舞い込んだのだった。




