1090話 勇者の理
全てが頭の中で繋がった。
そう感じた瞬間に、テミスの頬を冷たい汗が流れ落ちた。
神殿を思わせるような造りとなっていた謁見の間。
あれは、威光を示す為でも権威を見せ付ける為でも無い。あの王達にとっては、神殿が神殿たるそのままの意味……即ち、ヒトを超えた上位たる存在、神なる自分達が下々の人々へ接触する場だったのだ。
「っ……!」
だとすれば、あの異常なまでに尊大な物言いや態度にも説明が付く。
王達が自らを神と定義付けているのであれば、遥かなる高みから訪問者を見下ろし、紡ぐ言葉さえも傲慢になるのは当たり前の事。
「っ……!!」
そして、連中がヒトを越えたその証ならば、ああも見せ付けられたではないか。
見えるはずの無い位置からこちらを見下ろし、届くはずの無い声を届かせる。
きっと、不思議そうに首を傾げる我々を見て、連中は心の中で嘲笑っていたことだろう。
紛れもない獣人族であるはずのギルファー王が魔法を使ってみせた意味。それこそが、連中がヒトたる種族の理を越えた、何よりの証であるのだから。
「……どうやら、解ってくれたみたいだね」
「テミス……さん……?」
沈黙し、戦慄に身を震わせるテミスを見て、ヤタロウは静かに微笑むと静かに口を開いた。
それに遅れてシズクも、テミスの異変に気が付いたのか、何処か不安気な声でテミスの名を呼んだ。
しかし、当のテミスにはその声に応える事のできる余裕など無く、ただ目の前に突き付けられたより深い絶望に身を震わせていた。
「正直、君がギルファーに居ると知った時は踊り上がったよ。私一人では、どうやっても父上や母上に打ち勝つ事はできない。出来る事といえば、せいぜい儀式の邪魔をして時間を稼ぐ事くらいだ」
「つまりお前は……私に、両親を斃せと?」
「うん。伝承になぞらえるのなら……そうだね、さしずめ君は悪しき獣の王から世界を救う為に戦う勇者って所かな」
「……ふざけるなっ!!」
そんなテミスを見てヤタロウは朗らかにそう告げたが、テミスはそれに辛うじて言葉を返した後、たまらず吐き捨てるように声を荒げて立ち上がった。
大馬鹿にも程がある。実際にファントの平和が脅かされているのならば、ギルファーの王が傍若無人に世界を踏み荒らしているのならばまだ理解できる。
だが、まだ王城に引きこもっているだけだというのに、そんな強大な力を持つ化け物を相手に、こんな異国の地で立ち向かえと?
冗談じゃない。
テミスは心の中でそう吐き捨てると、立ち上がったままヤタロウを鋭い視線で見下ろして心のままに言葉を紡いだ。
「勇者だと……? 勝手にそんなものに祭り上げてくれるな。迷惑だ」
「ただの事実だよ。少なくとも……君が心配しているような、王権争いに乗じて隣国から干渉してきた不埒者になる事はない」
「知った事か。ならばより一層身内でケリを付けるべきだろう。お前自身が殺れずとも、この国には腕に覚えのある奴はごまんと居るはずだ」
「……本気で、そう言っているのかい?」
「っ……!!!」
しかし、必死で身を引くべく言葉を重ねるテミスに、ヤタロウは外堀を埋めるように巧みに話を進めると、不敵な笑みを浮かべて零れた隙を突く。
少し考えれば、当たり前の話だ。
戦いの腕に覚えのある連中のほとんどは、抱いた人間への憎しみから過激派に身を置いている。
ならば、たとえ世界を支配しようと王が号令をかけたところで、逆らうものは誰一人として居ないだろう。
むしろ、次こそは自分達獣人族が世界に覇を唱える番だ……等と付け上がる様子が目に浮かぶ。
「それに……今ならまだ、儀式は完了してはいない。つまり、奴等の力はまだ完全ではないんだよ。逆に……斃せるのは今だけだ」
「っ……!!! ハッ……おかしな話だな? ならば、何故お前は父母に背く? 同じ獣人族で……肉親だ。勝ち馬に乗れば良いじゃないか」
それでも尚、テミスは皮肉気に頬を歪めてヤタロウに問いを返した。
だが、テミスとて理解している。もしもヤタロウの言葉が本当であるのならば、そんな企みを持つ連中が力を付ける前に叩くべきだと。
しかし、今目の前にあるのはヤタロウの言のみ。彼の真意を聞かず、言葉だけを鵜呑みにして王を討てば、女神の言葉を信じて魔族へと戦いを挑む転生者と何も変わらない。
故にあえて。テミスはヤタロウを挑発したのだ。
「お前はまだ、何も語っちゃいない。いいか? 私は勇者でも英雄でもない。世界の事など糞くらえだ。深夜にこんな所に転がり込んできた、怪しい男に力を貸してやる義理も無い」
「……ならば私に、どうしろと?」
「口説き落としてみろよ……私を。自分が力を貸すに値する想いを持つと」
「っ……!!」
そんなテミスの挑発に、ヤタロウは微笑んだ唇の端をひくひくと振るわせながら問いを返す。
するとテミスは、ヤタロウの問いにクスリと柔らかな笑みを浮かべると、傍らで固唾をのんで見守るシズクへチラリと視線を送った。
そして、浮かべた笑みを意地の悪い微笑みへと変え、射貫くようにその視線をヤタロウへと向けたのだった。




