1088話 王子の暗躍
「助けに……だと……?」
突如として現れたヤタロウの不可解極まる言葉に、テミスは慎重に思考を巡らせながら言葉を返した。
この眼前の男が、本当にこの国の王子だというのならば、正体を偽って潜入してきた私たちを捕らえる道理はあっても、助ける道理など一つもないだろう。
だというのに、ヤタロウはニコニコと人の良い笑みを浮かべながら、そんな事を宣っているのだ。
「あ~っ! その顔、テミスちゃん信じてないでしょ。傷付くなぁ……これでもここに来るの、けっこう頑張ったんだよ?」
「……百歩譲って、お前が本当にこの国の王子だとしよう。私達はいわば賊だぞ? 助ける理由があるまい」
「んっ……? あ~……そういう事。……って事はもしかして、王城に来たのも偶然だったりする?」
「偶然……? それはどういう意味だ?」
「へぇっ…………。ぷッ……あははははっ!!! 凄いや! まるで運命だ」
言葉を濁すテミスと、軽い調子のヤタロウは数度言葉を交わすと、互いに会話がかみ合っていない事を察して小首をかしげる。
そしてテミスが問いに答えた直後。
ヤタロウは微かに目を見開いて驚きを露にして硬直した後、突如腹を抱えてけらけらと笑い始めた。
しかし、笑う理由などどこにも見当たらないテミス達はただただ困惑するばかりで。
眼前で笑い転げるヤタロウを、ただ茫然と眺めている事しかできなかった。
そんな二人の前で、ヤタロウは笑いの波が去るまでひとしきり爆笑を続けると、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、姿勢を正してゆっくりと口を開いた。
「そっかそっか……なら、はじめから説明しないといけないね。私の目的と……父上と母上が何を企んでいるのか……を」
「っ……!!!」
「でもその前に、私が君達の味方であると……いや、協力し合える者であると証明する所から始めよう。何を話しても、結局信じて貰えなかったら意味が無いからね」
「フム……確かに道理だな。それで? どう証明しようというんだ?」
「そうだね……幾つかあるけれど、どれから話そうか……」
突如として飛び出した垂涎の情報に、テミスが思わず鋭く息を呑むと、ヤタロウは浮かべた微笑を怪し気に深めて言葉を返す。
その傍らでは、少しだけ眼前の状況に慣れて来たらしいシズクが、密かに何度も深呼吸を繰り返しながら、テミスとヤタロウに真剣なまなざしを向けていた。
「……そうだ。君なら知っていると思うけれど、冒険者ギルドに魔獣討伐の依頼が出ていたでしょう? ホラ、オヴィム君が良く受けてくれていた依頼さ。アレを出していたの、実は私なんだ」
「ム……」
そう言われて、テミスはふと思い出す。
確か、再会を果たした時にオヴィムが言っていたはずだ。
町を護る兵士の代わりに冒険者たちが魔獣を狩るべく請けていた依頼があったと。しかもそれは、誰が依頼を出しているのかわからないくせに、きちんと報酬だけは支払われていたという。
その依頼人がこの国の王子だというのならば、王家が突如として民を見棄てて城に引き籠っている中、国を維持する為に奔走していたと一応の辻褄を合わせる事はできるだろう。
「あと、不思議じゃなかった? いくら貧困街の戦いで大きな打撃を負ったとはいえ、あの血気盛んな過激派の皆が一向に動きを見せない事とか」
「……確かに、彼等の言い分を考えるのなら、あれだけの損害を与えれば、余計に逸って後先考えずに襲い掛かってきそうです」
「うん。実際そうだったよ。だから争わせたんだ。彼等の中でね。あの人たち、同志だ~とか、復讐だ~! とか言って集まっているけど、結局欲しいのは権力だからね。少しつついてやったら争い出すのはすぐだったよ」
「何か……内輪で揉めているとは聞いていましたが……」
「っ……!!!」
ゾクリ……と。
つらつらとまるで何でもない事であるかのように語るヤタロウの話を聞きながら、テミスは自らの背筋を薄ら寒い物が過っていくのを感じていた。
世間話か何かのような調子で語られてはいるが、やっている事は相当にえげつない物だ。
ギルドへの依頼の件は兎も角、過激派への工作の話が本当ならば、この王子様は己が目的の為に、欲に目が眩んだ連中を平然と切り捨てたのだ。
「まぁ……他にもいろいろとあるけれど、君達が一番わかりやすいのはとりあえずはこれくらいかな……?」
そう言ってヤタロウは、密かに戦慄するテミスへ向けてにっこりと朗らかな笑みを向けた。
しかし既にテミスには、その笑顔が額面通りのただ人の好いだけの笑顔ではないと理解できてしまっていて。
否。この王子は自らの策謀を明かす事で、テミスにその正体の一端を明かしてみせたのだろう。
ならば、次にすべき問いは……。
「ヤタロウ。お前が方々に手を尽くし、影ながら尽力していた事は良く解った。その上で改めて問おう。そうまでしてお前は何を望む? お前の目的は……何だ?」
テミスはゴクリと生唾を飲みながら、緊張を帯びた静かな声でそう問いかけたのだった。




