1084話 偽りの従者たち
生来より魔力に乏しい獣人族であるにも関わらず、高度な魔法を使う事のできる王、もしくは王妃。
彼等が如何にして魔法を扱う力を得たのか、そしてその力を以て何を為そうとしているのか……それを探りながら、この堅牢な王城から脱出する。
テミス達がそう方針を定めて動き始めてから、既に三日が経とうとしていた。
だが、王命あるまで部屋から出るなと言われた以外に未だ動きは無く、テミスとシズクは朝昼夕の三度、兵が食事を運んでくるまでの間の時間で、城内を探索している。
しかし、今日に至っては既に昼の時刻へと差し掛かっているというのに、一向にテミスが部屋へと戻ってくる事は無く、シズクは一人不安に胸を高鳴らせながら、テミスの帰りを待っていた。
「っ……!!」
そこへ、カチャリ……と。
静かな部屋の中に扉の開く音が響くと、シズクはビクリと肩を竦ませて部屋の入口へと目を向ける。
だがそこでは、酷くつまらなさそうな表情をしたテミスが、滑り込むように部屋へと入り込んできたところだった。
「……すまない。今戻った」
「テミスさん!! 遅いですよ! もうお昼です。何かあったんじゃないかと心配したんですから」
「何も無さ過ぎてな。少しだけ第二階層へと足を延ばしていたんだ」
「なっ……!?」
部屋へと帰還したテミスはそのままドサリと椅子へ腰を下ろし、手足を投げ出すようにして椅子へ身体を預けながら、怒気を上げるシズクへと言葉を返した。
第二階層。
この王城を探索するにあたって、便宜上シズクやコスケの部屋のあるこの階層を第一階と定め、上を二層、下を中層第一層と名付けたのだ。
「無茶ですよ!! 朝から昼は特に時間が短いんです! 近場に留めるべきだと何度も――」
「――声を荒げるな。それこそ飯運びの兵に聞かれでもしたら終わりだぞ」
「ぐっ……!?」
「それに、どうやら連中もなかなかどうして頭が回るらしい。近場といってもここら一帯は空き部屋ばかりじゃないか」
「それでも相談くらいはしてくださいよ……。最悪の場合、テミスさんの不在を隠さないといけないんですから」
「あぁ……それは、すまない」
悋気を纏っていたシズクがようやく矛を収めたのを確認すると、テミスは小さな笑みを浮かべた後、椅子へと預けていた身体をゆっくりと起こした。
ここ数日の探索で解った事だが、こと諜報能力においてはどうやら私よりもシズクに一日の長があるらしい。
見張りを躱したり、気配を殺すような戦闘に類する事ならば兎も角、鍵を開ける技術などといった技術は特に殊更で、シリンダー錠よりも旧式なウォード錠の錠前とはいえ、シズクはテミスが一つを開錠している間に、優に五つはこなしてみせるのだ。
故に、テミスは開錠の技術が必要となる室内の探索をシズクに任せ、もっぱら廊下の造りや部屋の位置関係等を探る、いわばマッピングの役目を担っている。
「まぁ……良いです。それで? 第二層へ向かったという事は、この一層は全て調べ尽くしたのですか?」
「いいや? 何分この山城は入り組んだ廊下や複雑な順路でな。あの階段より先に進むよりは、二層へ向かった方が早く帰還できると判断したんだ」
「……調べて分かりましたが、恐ろしく広いですからね」
「あぁ。そしてついでに、面白い物も見つけて来たぞ? 尤も、ソレが戻りの遅くなった原因でもあるのだがな」
「なっ……!! もっとそれを早く――」
「――シッ!!!」
「……ッ!!?」
不敵な微笑みを浮かべたテミスがそう告げると、シズクはテミスへ詰め寄るように立ち上がって声をあげた。
刹那。テミスはピクリと眉を跳ね上げると、鋭く口から息を漏らし、部屋の入口へと視線を向ける。
そして、次の瞬間。
「食事の時間だ……って、何をやっているんだ?」
ガチャリ。と。
酷く気だるげな気配を漂わせた言葉と共に、大きなカートを引いた兵士が一人、ノックも無しに部屋の戸を開けて姿を現した。
当然そこには、テミスへと詰め寄るシズクと、椅子の上に座ったままそれに応じるテミスが居り。
その光景を見た兵士は、怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。
「クッ――」
「――何度も言わせるな!! 立場を弁えろと言っているんだッ!!」
だが次の瞬間。
息を呑んだテミスの目配せに応じたシズクが声を張り上げると、椅子に座っていたテミスの胸倉を掴み上げて床へと叩きつけた。
一方でテミスも、シズクの為されるがままに投げ飛ばされ、受け身すらとることなく激しい音共に床の上を転がってみせる。
「人間風情がこちらの柔らかい椅子に座るなどッ!! 調子に乗るなッ!!」
そして、床の上へと投げ捨てたテミスへと追撃すべく、シズクは拳を握り締めて大仰に振りかぶってみせた。
その光景は、たった今この部屋に入ってきた兵士からしてみれば、二人がずっと喧嘩をしていたように映る訳で。
兵士は苦笑いを浮かべて足早に部屋の中へと入ると、高々と振り上げられたシズクの手を掴んで追撃を止める。
「誰だッ――あっ……!!」
「気持ちはわかるが、止しときな。今やアンタもそっちの娘も王の物なんだ。傷付けちゃいけねぇ」
「っ……!!!」
「はぁ……。ま、仲良く……とまでは言わねぇが、喧嘩は止してくれ。ささ、何があったか知らねぇが、嫌な気分は飯でも食って忘れちまいな」
「ハァ……」
少し過剰とも思える怒号と共にシズクが振り返ると、苦笑を浮かべた兵士は忠告と共に掴んだシズクの手を離し、ガラガラとカートを引いて室内へと入ってくる。
そんな、手慣れた手つきで配膳を始める兵士を眺めながら、テミスは床の上に寝転がったまま密かにため息を零したのだった。




