1083話 違和感の正体
はじめに感じたのは、特に気にするほどでもない程に小さな違和感だった。
故に、テミスも眼前の危機や周囲への警戒を優先し、歯牙にもかけていなかったのだ。
だが、ふと落ち着いて振り返ってみれば、それは見逃すには過ぎた違和感に思えて仕方が無く。
だからこそ。こうして必死で記憶を手繰り、知恵を絞り出している。
「まずはあの謁見の間だ。謁見だと銘打っているくせに、結局私達は王達の顔を見てすらいない」
「それはどうでしょう? 王と直接の対話という意味では、今回の謁見もその役を果たしています。かつてのギルファーでは、貴人たる王の姿を薄布で隠して謁見を執り行っていたとも聞きますし、一応謁見の体裁は整っているかと」
「でも……不思議な部屋でしたよね。あんなに高い所にあって……しかも立派な屋根まで付いていて、王様たちに私達の姿が見えたんでしょうか?」
「フム……」
テミスがそう口火を切ると、コスケは持ち前の知識を以て自らの意見を述べた。そこに、シズクもまたベッドの上から声をあげて議論に加わると、テミスは顎に片手を添えて小さく息を吐き、再び思考を巡らせた。
ギルファーにそういった歴史があるのならば、王が姿を見せない事で神秘性を高めると同時に、権威を主張していると考える事もできるだろう。
ならば、異常なほど尊大に聞こえたあの喋り方や、遥か高みから民草を見下ろしているような独特の視点も、王族特有のものであると理解できる。
「……だが待て。そうだ。建物だ」
「と……いいますと?」
「この山城は豪奢ながらも石と木を組み合わせた、下の街並みと同じ作り方や意匠が見受けられた」
「それは王城はギルファー建国以来在り続ける、私達獣人族の象徴ですから」
「ならば、余計におかしいのではないか? 周囲を支える円柱に、形を切り揃えられた石畳。私の記憶が確かであるのならば、あの謁見の間に木材は使われていなかったはずだ」
「言われてみれば……えぇ、確かに木材は使われていませんでしたねぇ」
長い歴史を誇るのならば、その際たる建物である王城の、更には外の者を招く部屋に、全く異なる工法や建材が使われているのはおかしな話だ。
それに、この部屋もそうだが大きく取られた綺麗に透き通る窓。
寒さの厳しいギルファーでは、貴重な熱を建物の外に逃がさぬよう、驚く程に窓が少ない。
宿屋や酒場など、景観や換気の観点から設えざるを得ない場所でも、あるのはその分厚さ故に、歪んだり曇ったりと到底外を見通すには適さないものばかりだ。
「ですが私、あの部屋には圧倒されました。なんというか、ここは神聖で……他とは違う場所なんだって言われているみたいで」
「もしかしたら、ああいった神殿のような造りにしているのもその辺りが狙いなのかもしれません。仮にテミスさんの感じた違和感が建物の造りだとして、そこから何が導き出されるのでしょう?」
「う……ゥゥム……」
人差し指を一本ピンと立てて、まるで思い悩む教え子を導くかのようにコスケが問いかけると、今度はテミスが唸り声を上げる番だった。
そもそも、妙だと感じただけで違和感を言語化する事などできてはいない。
何かがおかしい。肌がそう感じ、直感がそう告げているのに、その根拠たる原因が分からないのだ。
だからこそ、テミスはそれを見付けるためにこうして話をしているのだが……。
「気のせい……とまでは言いませんが、考え過ぎなんじゃ無いですか? アタシが肩に力が入り過ぎていたのと同じように、きっとテミスさんも気を張っていたのでしょう。だから、見るもの全てが怪しく見え、疑ってしまう」
「フフッ……テミスさんはいつも大胆で驚くような事をしますけど、そう見えて実は、いつもしっかりとした準備をしていますからね」
「いや、そうでもない……というか、そういう話をしている訳では無いんだ」
「わかります。アタシにもそういった経験はありますから。ですがそういう時こそ考え過ぎず、寝てしまうのが良いと思います」
「っ……!!!」
苦悩し続けるテミスに、コスケは優しい口調でそう声をかけると、早々に話題を翌日の身の振り方へと進めていく。
しかし、何をどう言われようと拭いきれぬ違和感を引き摺るテミスは、そんなコスケ達の会話に耳を傾けながらも、必死で考え続けていた。
「……では、今日の所はアタシはこれで。重ねてにはなりますが、テミスさんもあまり考え過ぎないようにしてください。一応、断熱系統の魔法が施されているようですが、温かく……して……」
「…………!!!」
けれど、必要な要件も話し終わり、コスケが席を立ちながらありきたりな別れの挨拶を口にした時だった。
コスケの言葉は途中から尻切れに途切れて虚空へと消え、頭を抱えて考え込んでいたテミスがガバリとその身を起こす。
そして。
「魔法といえば、あの声も凄かったですよね。まるで神様からのお告げって感じで響いてきましたし」
未だ思い悩んでいたテミスをチラリと見たシズクが、事も無げにそう言い放った刹那。
テミスとコスケが同時にビクリと身体を震わせ、その表情を愕然としたものへと変えていく。
そうだ。ここは獣人族の王が住まう王城。近衛の兵達から門番に至るまで、獣人族以外の者は見ていない。加えてあの謁見の間には、自分達と王夫妻しか居なかったというのに。
生来、人間に次いで魔法が不得手であるはずの獣人族の王城に、何故高度な魔法を用いた技術が使われているのだろう?
自分達と王夫妻以外が居なかったあの場で、声を伝える魔法を使っていたのは誰だ?
「それだああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
次の瞬間。
ようやくたどり着いたその答えに、テミスは自らの肌が粟立つのを感じながら、コスケと共にシズクを指差して想わず叫びを上げていたのだった。




