1082話 隠れ者の語らい
「……という訳だ。思い違ってくれるなよ?」
数分後。
コスケが部屋を辞した瞬間。弾かれたように動き出したテミスは、雷光の如き速度でコスケの消えていった扉へと手をかけ、コスケが鍵を閉める前に雷光の如き速度でこじ開けた。
そして、酷く気まずそうに微笑むコスケを自分達のあてがわれた部屋へと力任せに引きずり込むと、現在のシズクの状況を懇々と話して聞かせたのだ。
無論。遅れて事態に気付いたシズクもベッドから飛び出そうとしたが、その時には既にコスケを捕獲したテミスが戻ってきており、あえなくベッドの上へと押し戻されて今に至る。
「わかりました。と……いうかわかっていますから。そんな怖い顔をしないで下さいよ」
「……ったく。いわばここは、敵陣の真っ只中なんだぞ。冗談が過ぎる」
「うぅっ……」
「あぁっ……!! シズク!! そこで恥じ入るな!! 必要も無いし何よりも紛らわしいッ!!」
「フフッ……おっと、失礼。お二人を見ていたら、アタシも少し気が緩みまして。どうやら、柄にも無く肩に力が入っていたらしい」
溜息を洩らしたテミスがコスケにそう告げれば、その傍らでシズクが顔を赤らめて肩を落とし、間に挟まれる形となったテミスが奔走する。
そんな、まるでコントのような光景を目の当たりにしたコスケがクスリと笑みを浮かべると、緩やかな口調で静かに言葉を零す。
その言葉に、肩を落としたシズクを宥めていたテミスはチラリとコスケへ視線を向け、静かに口を開いた。
「……あぁ、そうらしいな。迎えの兵に歯向かったり、更には王に異論を挟んだり。見ているこっちの肝が持たん」
「それは……スミマセン。やはり慣れないことはすべきじゃ無いですね」
「そうか? 確かに肝は冷えたが、痛快ではあったぞ? なぁ?」
「はい。せめて私達だけでも……と、必死で抗ってくれた気持ち、嬉しかったです」
「っ……!! そう……ですか……。そりゃ良かった……」
だが、自嘲気味な笑みを浮かべて言葉を返したコスケへ、テミスは皮肉気に、シズクは純粋に労いの言葉をかける。
不意打ちの如く告げられた労いはコスケにとっても予想外であったらしく、コスケは微かに目を見開いて驚きを露にすると、照れくさそうな微笑みを浮かべて視線を明後日の方向へと彷徨わせた。
「それで……そちらの部屋はどうだった?」
「あぁ……はい、問題ありませんでした。部屋が広くて苦労はしましたが、盗聴や監視の類の魔法や道具は仕掛けられていませんでした」
「こちらも似たようなものだな。わざわざ探したりはしていないが、不自然な穴や魔力は感じない」
「……まさかとは思いますが、それだけで判断したのですか?」
「そうだが? 少しばかり考えたい事があったものだからな」
「えぇ……す、少し待って下さい」
そして僅かな沈黙の後。
コスケへと視線を向けたテミスが静かに会話を切り出すと、ここぞとばかりにコスケは真面目腐った表情へと戻って話しを始める。
しかし、その真面目な表情はすぐに呆れたような苦笑いへと形を変え、コスケは一言だけ断ってから話を中断すると、ベッドの下を覗き込んだり家具を動かしたりと部屋の中を調べ始めた。
テミスとしては、わざわざそんな事などしなくとも、回収の必要ない物であれば無線代わりの魔力を発しているはずだし、回収が必要なものであれば後回しでも構わないと思っていたのだが。
「おいおい……もう良いだろう? そもそも、お前の部屋に何も仕掛けられていなかったんだ。使用人としてここにいる私たちの部屋にだけ小細工をするのもおかしな話だ」
「それは……そうですが……」
暫くの間、ガサゴソと物音を立てながら部屋の中を物色するコスケに、テミスが溜息まじりに苦言を呈した。
無論。コスケの部屋に仕掛けられていなかったのだから、こちらには無いだろうという考えは油断そのものだ。
だが、一度は緊急性が薄いと判断した以上、テミスは今この胸の内に引っ掛かっている違和感を逃したくは無かった。
「そんなに不安ならば後で私が改めてしっかりと確認しておく。それよりもコスケ、お前に聞きたい事がある」
「っ……!! 聞きたい事、ですか?」
「あぁ。先程の謁見だが、何か……妙だとは思わんか?」
そう深刻な表情で告げるテミスに、部屋の中を改めていたコスケは再び椅子へと腰を下ろす。
テミスはそれを見て小さく頷いた後、シズクとコスケの顔を見据えながら、自らの胸の内で蟠る形の無い違和感を、ゆっくりと語り始めたのだった。




