98話 呉越同舟
「第十三軍団の皆さん。歓迎しますよ……ささ、どうぞ」
「ウ……ウム……」
「……フンッ」
領主邸へ招かれた十三軍団の面々の態度は、決して芳しいものでは無かった。
いくらテミスの事を認めたと言えども、魔族と人間の間には深い確執がある。それを解きほぐすのは容易な事ではない。
「やれやれ……先が思いやられますね……」
ケンシンはそう苦笑いをして呟くと、自ら率先して最奥へと入っていった。そしてその後ろを、彼の侍従の娘がテミスを睨みつけながら続き、その次にテミス、マグヌス、サキュドと列を成していた。
残りの兵達は階下で村の者たちと交流をしている筈だが、この分では愉快な交流会にはなっていないだろう。
「何があっても攻撃行動をするな……と言い含めておいて正解だったな」
テミスは慣れた手つきでケンシンの左隣の席へと腰を下ろしながら、呆れたように呟いた。人間の憎悪も魔族の怨恨もわかる以上、その相互理解には言葉を交わし、態度を見るしかない。ならば、力に優れている者こそ武力を封じるべきなのだ。
「さて……と。では、改めて自己紹介をしましょうか。私はケンシン。この町の領主を務める冒険者将校です。テミスさんとは共闘関係にあります」
「……サヨです」
ケンシンが言葉を紡ぎ終わると、傍らに控えていた侍従の少女が数歩進み出ると、それだけぼそりと呟いて再び元の位置へと戻る。
「あ~……申し訳ない、サヨは人見知りでして……」
「ハンッ……」
「……やれやれ」
ケンシンは苦笑いと共にフォローを入れる。しかし、そうも殺意の籠った視線が突き刺さっていると、それもまた無意味だ。
テミスは内心でため息を吐くと、チラリと横目でサキュドの顔を盗み見る。そこには、ニンマリとした笑みを浮かべたサキュドが余裕の表情でサヨの事を眺めていた。
「えっと……それで……」
しばらくの沈黙の後、ケンシンが気まずそうに切り出した。テミスからなるべく離れた位置に陣取ったサヨが名乗りを上げたという事は、順番的に次はサキュドが自己紹介をする手番の筈なのだが……。
「おい……サキュ――」
「私はサキュド・ツェペシ。魔王軍第十三独立遊撃軍団が一人。誇り高き吸血鬼にして夜の闇を統べる者。矮小な人間風情がこの姿を目にして生き延びれる幸運を噛み締めると良いわ」
「…………」
テミスがサキュドを諫めようと口を開きかけた瞬間。沈黙を破ったサキュドが大仰な口ぶりで口上を述べると、満足気な表情でサヨへと視線を注ぐ。
「ハッ……私とそう変わらないちんちくりんの癖に何を……」
「あ゛? この姿は仮の姿なんですがねぇ……所詮は人間。物事を見抜く事すら出来ないとは憐れみすら覚えるわね?」
「見苦しいですよ……高貴なのでしたら、現実を受け入れるべきです」
「このっ……言うに事欠いてッ……」
サヨの挑発に乗ったサキュドが立ち上がると、二人は火花を散らして舌戦を開始した。傍目から見れば幼女同士の口喧嘩なのだが、サヨがサキュドの地雷を踏み抜いているだけにテミスとしては気が気ではなかった。
「止せサキュド。それを言うならば私も人間だ」
「っ……ですがテミス様ッ!」
「ハッ……怒られてやんの……」
「ハァッ……!?」
見かねたテミスが止めに入ると、それすらも利用してサヨが更なる口撃を加える。同時に、額に青筋を浮かべたサキュドがうっすらと魔力を放ち始めた。
それを見たケンシンが僅かに顔をサヨへと向けると、穏やかな口調で口を開く。
「サヨ。口が過ぎますよ。彼女たちはお客人です。多少は大目に見ますが、あまり私に恥をかかせないように」
「っ……!! 申し訳……ありません……」
「プッ……なっさけな……い゛ッ!? テミス様!?」
「いい加減にしろ。お前の方が上だと言うのなら、いたいけな少女の戯言だと聞き流すくらいの度量を見せろ」
テミスはおもむろに立ち上がると、更なる反撃を試みたサキュドの頭に拳を振り下ろして睨み付ける。これから情報のすり合わせをしていかねばならないのだ、下らん口喧嘩に割いている時間は無い。
「……同じく、第十三軍団のマグヌス・ド・ハイドラグラムと申します。以後、お見知りおきを」
頭を押さえるサキュドを尻目にテミスが視線で促すと、その意を汲み取ったマグヌスが小さく頷いて口上を述べる。
いつもは固すぎて肩が凝るコイツの性格も、こういう時ばかりは癒しになるな……。そんな事を考えながら、テミスは自らの席へと戻ると、ため息を一つついてから自己紹介を述べる。
「で、私が軍団長のテミスだ。ケンシン、部下の非礼を謝罪しよう」
「いえいえ。それを言うならばこちらもです。仲良くなれそうで何よりだとは思いますがね……」
「お前は何を見てそう言っているんだ……」
ケンシンが未だに視線で戦いを繰り広げるサキュドたちを眺めながらそう言うと、テミスは呆れた顔でケンシンを見つめる。この、仲が良い状態とは対極にある険悪ムードを見てそんな事を口にできるなど、コイツは仏か何かなのだろうか?
「さて……ここで一つ提案なのですが」
「んん? 何だ、言ってくれ」
微かに口調を変えたケンシンはテミスに確認を取ると、笑顔を崩さぬままに口を開いた。
「軍議は省いて、これから皆で大宴会といきませんか? 私がデータをまとめておきますので、翌朝にでもテミスさんが精査いただければ。このまま話し合いの席を設けるよりも、遥かに建設的だと思いますが」
「あぁ……なるほどな……」
唐突なケンシンの提案に目を丸くする三人とは異なり、ケンシンの能力を知るテミスは納得したように深く頷いた。
この場を設けたのはあくまでもその確認という訳だろう。情報を司る力を持つケンシンならば計画案など話し合うまでも無く作成できるし、その出力でさえも容易だろう。
「そうだな……せいぜいロンヴァルディアに残った私の胃が痛まん程度には馴染ませるべきか……どうせ、我等の計画など既に抜き取っているのだろう?」
「テミス様っ!?」
再び溜息をついた後に不敵に微笑んだテミスが頷くと、傍らのマグヌスの体に緊張が走った。確かにマグヌス達からしてみれば、抜き取られたという表現に反応しない方がおかしいか……。
「あ~……気にするなマグヌス。言葉の綾だ。先ほど先行した際に一通り話してあるのだよ」
「は……はぁ……」
「フフッ……では、参りましょうか。すぐにご用意できますよ」
「……だろうな」
テミスは少々強引にマグヌスを納得させると、頭を掻きながらケンシンの後に続いたのだった。
その後ろでは、再び賑やかな口喧嘩を始めたサキュド達を眺めながら、マグヌスが一人で首をかしげていた。