1079話 不遜な拝謁者たち
ガゴォン……と。
重厚な音を響かせながら開いた大きな扉の先にあったのは、目を見張る程に広大な空間だった。
山全体から見れば、恐らくこの場所は限りなく山麓に近い中腹に位置するのだろう。
少なくとも、どんよりとした雪雲に覆われていたギルファーの町とは異なり、広く取られた天窓からは、眩いばかりの青空と陽の光がさんさんと降り注いでいた。
「…………」
謁見の間とは即ち、王の力を最も誇示すべき場所だ。
故に、これ程までに広大な空間を取り、随所に設えられた柱の数々にも、豪奢な装飾が施されているのだろう。
だが、これは異常だ。この山城自体、まるで下界から切り離された一つの国であるかの如く、堅牢で広大な造りをしている。加えて、神殿であるかの如く作られたこの謁見の間は、これまで見てきたギルファーの街並みとは、隔絶した技術力を放っている。
黙ったまま歩を進めるコスケの後に続きながら、テミスは密かに周囲へと視線を走らせてそう分析した。
「……ひとまず。私の真似を」
「あぁ……」
その部屋の最奥。
いっとう高く設えられた玉座のふもとまで辿り着くと、コスケはテミス達へ目配せをした後、小さな声で呟いてその場にひざま付いた。
密かに周囲を探っていたテミスもコスケの言葉に異を唱える事は無く、無言でそれに続いたシズクの隣に収まり、姿すら見えないギルファーの王達へと首を垂れる。
そして、何も起こらぬまま刻一刻と時が過ぎ、シズクとコスケが疑問を、テミスが苛立ちを覚え始めた頃。
「頭を上げる事を赦そう」
ひざま付いたテミス達の遥か頭上から、重々しく響き渡る声が降り注ぐと、一同はその声に従って伏せた顔をゆっくりと上げる。
だが、再び開かれた視界に映っていたのは、相も変わらずそびえ立っている玉座へと至る高い階段だけで。
頭を上げる事を赦されても、ギルファーの王達の姿を視界に収める事は叶わなかった。
「お前が、死して潰えた命ですらも呼び起こすという妙薬……秘法の持ち主か?」
「はい。いいえ……王よ。市井がそのような噂で沸き立っており、彼等が指し示す者はアタシで間違いないかと存じます。ですが、王よ……どうか御許し下さい。真実は噂とは異なるのです」
「っ…………」
はじまった。と。
声だけが響いてくるも、相も変わらず王の姿は見えない中。テミスはコスケが王と会話を始めたのを確認すると、再び視線だけを動かして密かに周囲の様子を窺った。
よもや、一国の王ともあろう者が、そびえ立つ玉座の上で声を張り上げている訳でもあるまい。
何か……一方的にこちらの様子を伺いながら、会話を成り立たせている仕掛けがあるはず。
そう断じて視線を凝らし、気配を辿って様々な可能性を探るが、わかったのはこの部屋には、自分達の他には玉座の上に居るギルファー王夫妻しか居らず、この目の届く範囲のどこを探しても、在るべき仕掛けが無いという事だけだった。
そんな間にも、コスケと王達の問答は格式に準じて進められていく。
「なればこそ、万事屋・狐助よ。我等が前で真実を語る事を許そう」
「ハッ……仰せの通りに……」
「っ……」
言葉と共にコスケが深々と頭を下げると、背後に控えるテミスと視線が交叉する。
その瞳には、凄まじい緊張が迸っており、テミスはそんなコスケに静かに目配せをする事しかできなかった。
今回のシズクの復活劇を、そのまま語り聞かせる事などできるはずも無い。
故に、テミス達は一計を案じ、人間であるにも関わらず魔力を持つテミスの特質を生かして、一つの巨大な虚言を作り上げたのだ。
「まず、アタシが持ち得るのは死者を蘇生する秘薬などでは御座いません。効き目があるのはあくまでも生者。この世に命を繋ぎ止めている者のみでございます」
「……つまるところ、市井の噂自体が偽りであると言うのかしら?」
「死者を蘇らせると言うのは間違いではありましょう。ですが、そうであると見紛う程の効力。通常であれば助かるべくもない致命傷を、たちどころに癒す事ができるのは事実でございます」
「成る程……市井の者では見分けが付かぬという事か。では重ねて問おう。お前の後ろに控える者達は何だ?」
ひとまずは乗り切ったッ!!!
コスケは言葉を捻り出した当初は、まるで奈落の上に渡された綱を渡るような心持ちだったが、代わる代わる問いかけてくる王と王妃の言葉に、ひとまずは胸を撫で下ろした。
彼等は、何か根拠があって、自分達をこの城へと呼び付けた訳では無い。真にその術を持つのがコスケではなく、テミスである事を王達が掴んでいない以上、この先へと進む事ができる。
そう。ここまでは可能な限り真実をぼかし、限りなく嘘に近い真実のみで構成された答えだった。
しかしここからは、そんな真実の中に混ぜ込まれた一つまみの嘘。
「ハッ……猫人族の方は、今回の被術者。実際に死の淵から戻りおおせた者です。そしてこちらの人間は、私の使用人にして『薬』を作る為に欠かす事のできない、無二の魔力を持つ助手でございます」
直後。王の問いに対してゆっくりと、しかし厳かに紡がれたのは、テミス達が謎に包まれたギルファーの王城を探るために編み出した渾身の大噓だった。




