1076話 陣中の安息
「こちらの部屋にてしばし待たれよ。何か用があれば、戸の外に居る兵に声をかけると良い」
固く閉ざされていた門を潜り、長大な階段を上った後、コスケ達が通されたのは豪奢な家具で彩られた、十畳に満たない程度の広さの小部屋だった。
無論。豪奢といえどそんな小部屋に王が居るはずも無く、一行をここまで連れて来た部隊長は、厳かな口調でそう言い残すと、おそらくは待機室の役割を果たしているであろうこの部屋を後にしていった。
「フム……この造りは……山城か」
「ちょっ……テミスさんッ!?」
一方で、テミスは部隊長が部屋を辞するや否や、ぐるりと部屋の中を一瞥した後、部屋の真ん中に設えられた大きな椅子へと、憚ることなく腰を下ろした。
その驚く程に普段と変わらぬ態度は、まかり間違っても使用人たるものではなく、驚きと恐怖に目を見開いたシズクが、声を押し殺した悲鳴のような声をあげる。
「……? 何を慌てている? 監視などされていないぞ? 奴の言葉通り、見張りは戸の外に立っている二人だけだ」
「ですけど!! 急にその人たちが入ってきたらどうするんですか!?」
「別に? どうもしないさ。そんな事より、この城は少々厄介だぞ」
「……そうですね」
椅子に身を投げ出したまま、コスケへと視線を向けたテミスがそう嘯くと、水を向けられたコスケはゆっくりと頷いて静かに部屋の中を見渡した。
「流石のアタシも、王城の中に入るのは初めてなのですが……まさかここまで大規模な山城だとは思いませんでした」
「私もだ。一体どれだけの広さがあるんだ? さっぱり検討も付かん。天然洞なんかも利用しているようだし……こんなもの、ヴァルミンツヘイムの魔王城よりはるかに広いぞ」
「へぇ……ですが確かに、これでは比べる方が酷でしょうか」
コスケはテミスの言葉に少しだけ笑みを浮かべて興味を示した後、再び考え込むように腕を組み唸り声をあげる。
この部屋へと通されるまでの間、テミス達はひたすら階段を登り続けていた。その途中、傍らには入り組んだ通路が伸びていたり、はたまた階段を穿つように扉が設えられていたりと、一見しただけで複雑と分かる造りをしていた。
「恐らくですが、アタシ達が登ってきた大階段をそのまま上がっていけば、王たちの元へは簡単に辿り着けるでしょう。とは言っても、あるのはせいぜい謁見の間でしょうが」
「クク……出口までは一本道。迎撃も追撃もしやすいが、攻め込み易い地形。十中八九ここは飾りだな」
「……? 飾り。ですか?」
悠々と会話を始めたテミスとコスケを見て諦めたのか、先程テミスを注意していたシズクもテミスの隣へと腰かけると、首を傾げて問いを口にする。
そんなシズクに、テミスはクスリと小さく笑みを浮かべた後、静かに頷いて言葉を続けた。
「あぁ。対外的な役割を持つ施設を、さも解りやすく重要であるかのように見せかけて外角に置く。実際に近衛が詰めていたり、重要な情報が眠っている区画は分けられているのさ。よくある手法ではあるが、実に機能的で効果的な造りだ」
「何故なら、もしもアタシ達みたいな者が紛れ込んだとしても、目的の場所まで辿り着けませんからね」
「だからこそ……こうして為す術無く素直に待っている訳だが?」
「そんな……」
投げやりに発せられた敗北宣言に、シズクは絶望的な想いを抱きながら呟きを漏らした。
確かに、この城の堅牢さは説明されて初めて理解できた。だけど、幾度となく軌跡を起こしてみせたテミスなら。どんな不可能でも飄々と覆してしまうコスケなら。いつも通り何とかしてくれる……。そんな信頼にも似た淡い期待は、いとも簡単に打ち砕かれてしまった。
「……そう不安そうな顔をするな。何も絶対に不可能だなんて言っちゃいない。あくまでも『今は』の話だ」
「今は……ですか?」
「フフ……シズクさんの期待や信頼は嬉しいですが、いくらアタシ達でも、いつ戻ってくるとも知れない伝令という刻限を抱えて、この広大な城の中を探索するのはあまりに危険が大きいんです」
「そういう事だ。ここまでの道と造りは覚えた。あとは一度退くなりしてから、じっくりと探索してやればいい」
だが、二人はどこかのんびりとした雰囲気でシズクの疑問に答えると、コスケはテミス達の正面に設えられた椅子へと腰を下ろし、テミスに至っては大きな欠伸と共に背を深く椅子へと預けて寛いでいる。
「クス……ここからは何が起こるか、正直私にも想像が付かん。だからこそ、休めるうちに休んでおけ」
「わ、わかりました。努力します!!」
「……努力したら休息にならないんじゃないですかねぇ?」
「あ……」
だらりと身体を投げ出したままそう告げるテミスに、シズクが緊張感の籠った返答を返すと、のんびりとした口調でコスケが口を挟んだ。
その言葉に、シズクが思わず身体を硬直させて声を漏らした後、一瞬だけ沈黙が漂い、テミス達の穏やかな笑い声が室内に響いたのだった。




