97話 共犯者の敬慕
数日後。
テミス達十三軍団の面々は、森の中を貫いている街道に居た。
「まさか……ルギウスが不在を引き受けてくれるとはな」
今この場に居るのはマグヌスやサキュドを始めとする十三軍団の半数で、残りはルギウスに預けてファントの防衛に当たらせていた。
「ま……遠出できるなら何でもいいわぁ」
隣のサキュドはそう呟くと、大きなあくびをしながら背中を伸ばした。
「フム……全隊! 止まれっ!」
見覚えのある曲がり道までたどり着くと、テミスは唐突に号令をかけた。それに数瞬遅れるものの、部隊の全員がその場でピタリと歩を止める。
「私が呼ぶまで皆、ここで待機だ。そして、一時間が過ぎても私が戻らなかった場合は速やかにファントまで撤退しろ」
「なっ……テミス様ッ!?」
「どう言う事?」
部隊にざわざわと動揺が走るが、テミスはすました顔でそれを眺めているだけだった。
実の所、テミスはケンシンに事前の連絡を一切していなかった。
例の条約があると言えど、敵方であるケンシンに手の内を明かすのは芳しくないし、かと言って秘密裏に通過できる場所などここぐらいしか思い当たらない。
つまるところ、出た所勝負の博打だった。
「まず私が先行してここの領主と話を付けてくる。万が一それが破談になった場合計画は失敗だ」
「っ……テミス様、どうか我等を――」
「――無理だな。お前達が居た所で交渉は変わらん。ただ失敗した時の被害が増すだけだ」
テミスは冷たく言い放つと、目を瞑ってケンシンの事を思い出す。奴自身魔族に思う所は少ないかもしれないが、むしろあの侍従が厄介な気がする。マグヌス達を交渉の場に連れて行った日には、即座に戦闘を始めかねん。
「要するに……交渉のテーブルにお前達は邪魔なんだ。無論、帰路はお前達だけなのだから面通しや紹介はきちんと詰めるが、この町を攻め込んだという事実は作りたくないんだ」
「テミス様……」
テミスはゆっくりと目を開くと、柔らかな微笑みを浮かべてマグヌス達を説得にかかった。上手くいけばここで一晩過ごすことができるかもしれないが、それができない場合は野営する場所を見極めなければならない。それも考えると、あまりぐずぐずしている時間は無かった。
「問答は無用だ。命令には従え……解ったな?」
「ッ……ハッ! お気を付けてッ!」
マグヌス達の敬礼を背に受けると、テミスはため息を吐きながら、一人テプローの町へと赴いた。
「やぁどうも……この間以来かな……能力の調子はどう?」
テミスが防壁の前に着くと即座に門が開き、中から笑顔を浮かべたケンシンが出迎えてくる。
「ああ。問題ない。さっそくで済まないが、今日はお前に頼みがあってな」
「ふふ……それは共犯者冥利に尽きるというものですね。それで、今回は何をしましょうか?」
「我が軍団にテプローを通り抜ける許可を戴きたい」
「っ……!?」
テミスが要求を口にすると、それまで笑顔を浮かべていたケンシンの顔が強張った。流石にこんな要求は無理があっただろうか……?
「それは……また……。ですが、申し訳ありません。それは理由をお聞きしない事にはお答えできませんね」
「ああ。軍務と言う訳ではないからな。問題ないさ」
テミスはフッと柔らかな笑みを浮かべると、事の経緯をケンシンに語り聞かせた。無論、少しづつかい摘まんで。そして、話がフリーディアの救出へと差し掛かった時。
「なっ……!? まさか……彼女を助け出そうというのですかっ!?」
いつもの笑顔を崩したケンシンは驚愕に目を見開くと、震える声でテミスへ問いかけた。
「なぜそこまでして……確かに、彼女の人となりは僕も知っています。ですが、彼女と切り結んだ事すらあるあなたが……何故……っ?」
その視線を受けたテミスは口元を一際大きく歪めると、凶悪な光を瞳に宿して口を開く。同時にさわさわと心地の良い風が遠くの木々を揺らし、テミスの長い髪を軽やかに持ち上げた。
「そこに、悪党が居るからだ」
「っ……彼女を、助けに行く訳ではないと……?」
「ああ。私はただ、ひたすらに悪を裁くだけ……その結果として誰かが救われているに過ぎない」
通り抜けた風が収まると、まるで幽鬼のように舞い上がっていたテミスの髪も元に戻る。そして、長い沈黙が二人の間を支配した。
「…………」
語るべきことは全て語った。とテミスは心を静めてケンシンの回答を待った。ケンシンの口ぶりからして、フリーディアの事を悪くは思っていないだろう。問題は自国の高官を売り渡すという悪行を、彼自身が飲み下せるか否かだ。
「……あなたは、優しいのですね」
今にも立ち消えてしまいそうな声色で、ケンシンがぽつりと沈黙を破った。
「そして、どうしようもなく強い……初めて会った時よりも遥かに……ね……」
再び笑顔を取り戻したケンシンは、その細い眼を僅かに開いてテミスを見据えると言葉を続けた。
「良いでしょう。共犯者を名乗る以上、貴女の正義は僕と共にある。僕自身、彼女には恩もありますからね……」
「感謝する」
そう言うとテミスは、ケンシンが差し出した手を握り、硬く握手を交わした。たかだか町の人間を取り戻した程度の対価としては貰い過ぎな気もするが、くれるというのだから貰っておいて悪い事は無いだろう。
「いえ。ウチもそろそろ風の噂に聞こえるファントのような町にしたいと考えていましたから……よろしければ、この先の工程をお聞かせください。人間領を知る身として、何か指摘できる点があると思います」
「なるほど……それは助かる。だが……良いのか? ウチの連中は曲者揃いだぞ?」
「まさか……あなた以上の曲者は居ないでしょう?」
「ククッ……言ってくれる」
互いに軽口を交しながらテミスは笑みを浮かべると、目を瞑って耳に手を当て、マグヌスへの通信術式を発動したのだった。
11/30 誤字修正しました




