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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1102/2305

1063話 幻の店

 絶えず噂の飛び交う動乱極まるギルファーの町に、今急速に広がりつつある一つの噂があった。

 その噂は、先日起きた事件にまつわる奇跡(・・)陰謀(・・)の噂をじわじわと呑み込み、今や一世を風靡する程の流行を見せていた。

 曰く、この町の何処かに白銀亭という名の店がある。

 曰く、店の店主は目を見張るような美人で、給仕の女達も見目麗しい。

 曰く、出される酒も食事も非常に多彩で美味く、中には見た事も無いような料理すらもあるらしい。

 しかし、様々な噂が錯綜する中から拾い上げる事のできる情報には、肝心の『場所』に関わるものは一切出回って居らず、その秘匿性が人々の探求心に火をつけたのか、幻の白銀亭探しを始める者まで出てくる始末だった。


「やれやれ……だ」


 そんな噂の渦中である白銀亭のカウンターでは、テミスが溜息と共に酒を傾けていた。

 無論。テミス自身は体質のせいで酔っ払う事などできはしない。だが、テミス個人の趣向としても酒は嫌いではないし、こういった場でに溶け込むためには酒を口にするのが手っ取り早い。

 しかし、この今目の前に広がる酒場と云うのは仮の姿。本来、この白銀の館は融和派に力を貸すテミス達の隠れ拠点なのだ。


「我々の噂が消えるのは有難いが、仮にもここは我等の拠点なのだぞ? 何処のどいつかは知らんが、少しばかり情報統制が緩すぎるんじゃないか?」

「……いや、どうだろうな。漏れ出た噂はここの料理の話や取り扱う酒の話が主だ。しいて言うならば、憚る必要があるのは白銀亭の名前くらいだろうか。ある意味では、上出来なのではないか?」


 最早毎晩と言っていい程このカウンターに居座っているオヴィムに、テミスがそう愚痴をこぼすと、オヴィムはクスリと小さな笑みを浮かべ、自らが集めてきた情報をテミスへと語り聞かせた。

 その光景はさながら、酒場の女主人が歴戦の冒険者と交わす世間話のようで。

 白銀亭に通い詰める者達にとっては既に、見知ったお決まりの光景となっていた。

 だが。


「ま……どうでも良い話だがな。私の噂が消えたのならば、私がここに立つ理由も無くなるというものだ」

「っ……!?」

「えっ……!?」


 テミスが何気なくその言葉を放った瞬間。

 ホールを埋め尽くしていた人々のざわめきが一瞬で途絶え、テミスの眼前に居るオヴィムを含めた誰もが、凍り付いたように動きを止めてテミスを見つめていた。


「ん……? お前達一体どうした? オヴィムまで。私は何か変な事を言ったか?」

「…………。ゴホンッ!! い、いや……その、だな……」


 だが、自らの発した言葉の影響を理解していないテミスが、ホールに居合わせた者達の視線を一身に受けながら首を傾げて問いかけると、我に返ったオヴィムが咳払いと共に重たい口を開く。


「今やこの店の料理や酒は我々の生命線……否、活力の元なのだ」

「ハッ……大袈裟におだてるな。言い過ぎだよ。所詮は私のような素人のヒマつぶしだ」

「いいや。この場の誰に聞いても、同じ事を口にするだろう。奇想天外で奇天烈な逸品もあれど、一度食せば容易に忘れられる物ではあるまい」

「おいおい……っ――!?」


 大真面目に語り始めたオヴィムの言葉を、はじめはテミスも鼻で笑って聞き流してはいたものの、周囲で固唾を呑んで自分達を見つめる視線と、変わる事の無いオヴィムの真剣さを受けると、思わず気圧されて一歩後ずさった。


「……待て待て!! お前達が本気なのは理解したが無茶だ。私は料理人ではない! というかその反応……お前達、もしやとは思うがこれまで懇意にしていた店があったのではないか?」

「っ……!!!」


 ぎくり。と。

 事の重大さを察したテミスがそう問いかけると、ホールで肩を並べていた面々の殆どが肩を跳ねさせて目を背ける。

 だがその反応はテミスにとって、何よりの証左だった。


「あぁ……なるほど。やけに噂の足が早いと思った」

「……道理ではあるな。突如として毎夜顔を出していた馴染みの客が消えたかと思えば、聞こえてくるのは新たな店の噂……か」

「ハァ……当り前だ。だというのに、店の者が噂の店を探しても一向に見つからない等となれば、なりふり構わず血眼になって探すだろうよ」


 納得したかのように頷きながら呟いたテミスの言葉にオヴィムが同調すると、テミスは深い溜息を吐いて気まずそうに視線を逸らす兵達を見渡した。

 私の出す飯や肴が旨いと褒められるのは、正直悪くない気分ではある。

 だが、その評価はあくまでも、私が暇つぶしの道楽としてこの店を開いているが故の物だ。

 食材を仕入れる金こそ自腹ではあるが、軍備として揃えた厨房の設備は一級品だし、氷や一部の食材に至ってはテミス自身の魔法や、暇な兵に頼んで自前で調達している。

 そもそも、同じ土俵で戦ってなどいないのだ。

 そしてその矛盾は、いつか決定的な綻びとなってこの拠点の存在を炙り出してしまうだろう。


「フム……これは、マズいな」

「よもや、これ程とは……。すまん。儂とした事がぬかったわ」


 思いがけぬ事態に、テミスが深刻な表情を浮かべて息を吐き、オヴィムが唸るような声で呟きながら頭を抱えた時だった。


「あ~……ゴホンッ! すまないが入れて貰えないだろうかッ!!」


 ゴンゴンゴンッ!! と、外からとを叩く音が響き渡ると同時に、聞き覚えのある凛とした声が、ホールに漂う深刻さを帯びた静寂を切り裂いたのだった。

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