1058話 たった一つの証
「ふふ……アタシ達も何か、仮装を用意してくるべきでしたかねぇ……」
仮拠点改め、白銀の館の完成を祝う大宴会が佳境を迎えた頃。
カウンターに腰掛けたコスケは、タガが外れたかのような大盛り上がりを見せるホールを眺めながら、楽し気な笑みを浮かべて嘯いた。
その視線の先では、テミス自身が用意した仮装衣装に身を包んだ兵達が、手に手に酒や料理を持って何やら一発芸のような事をしている。
「コスケ……勘弁してくれ、お前まで……。こういった催しを開くのは構わんが、せめて事前に話を通して欲しいものだ」
「フフ……それもまた一興……ではないかな? これ程にめでたい席なのだ、我々も少しばかり羽目を外しても良かろう」
「ムネヨシまで……。全く……ただ一つ、小さな拠点が増えただけではないか……」
ホールの片隅に設えられたカウンターで酒杯を傾けながら、テミスは何処か噛み締めるように語るムネヨシとコスケに溜息をついてみせた。
だが、そんなテミスの言葉にコスケはクスリと小さな笑みを浮かべてジョッキを呷り、ムネヨシは皮肉気に一つ息を吐くと、ゆっくりと首を横に振りながら口を開いた。
「否。テミス……君にとってはそうかもしれないが我々……いや、彼女たちにとっては違うのだよ」
「フム……? 長くなりそうだな。肴を用意しよう。少しだけ待て」
「……有難い」
「こういう所は、ビックリするくらい気が利くんですけどねぇ……」
重々しくムネヨシがそう前置きをすると、テミスは何かを察したかのように席を立ち、足早に厨房の中へと消えていった。
その背を眺めながらコスケがグビリと喉を鳴らし、酒気と共に呟きを漏らす。
「良いではないか。彼女らしくてな」
「……ですね」
「コスケ……聞こえているぞ? ったく……ホレ」
しかし、厨房に消えたテミスは片手に酒瓶を、片手に山盛りのキャベツを乗せた深皿を携えてすぐにホールへと戻ってくると、溜息まじりに皿をゴトリとムネヨシ達の前へと差し出した。
「千切った丸菜とはまた豪快な……んん? 何やらソースがかかっていますが」
「塩と油、その他調味料を諸々混ぜたタレだ。文句があるのなら食わなくても良いぞ」
「フフフ……物は試し。変革の象徴たる彼女の言を信じて戴こうではないか」
「フン……それで? 私とあいつ等、何が違うんだ?」
「あぁ、そうだった。ム……旨い……」
シャクリ……と。
テミスの差し出したキャベツを口に運ぶと、ムネヨシは驚いたように目を見開いて感想を漏らす。
そして、傍らに置いていた自らのジョッキを取り上げると、中の酒を一気に飲み干して口を開いた。
「知っての通り、この国は閉鎖的な国だ。建物も、衣服も、食糧も……全ての物は獣人族の為だけに作られてきた」
「……だろうな」
「そんな中、我ら融和派は叫び続けてきたのだ。他種族と手を取り合う為の術を。当然……華々しき武勇も、目立った成果も得られるはずも無い」
「…………」
「だが……この拠点は白銀の館は違う。獣人族がテミスの為に作った住処……我々の夢が、希望が……間違いでは無かったという最初の形在る証なのだ」
テミスは、低い声でゆっくりと語るムネヨシの話に相槌を打ちながら、つい先ほど飲み干された彼のジョッキへ静かに酒を注いでいく。
大言壮語に過ぎる……と。目尻に涙すら浮かべながら熱く語り続けるムネヨシの話に耳を傾けながら、テミスは冷淡に胸の中で呟いていた。
確かに、ファントは融和派を支援し、ギルファーの内乱を治める道を選んだ。
だが、まだ我々は戦いの最中……その結果がどうなるかさえ分からない。下手をすればこの拠点は、ファントという外敵をこの敵に招いた、悪しき愚行の象徴にさえなり得るだろう。
「……口を閉ざすのなら、もう少し笑った方がいいですよ。そう難しい顔をしていては内心が筒抜けだ」
「何……?」
「全くだ。私とて、憂慮すべき事が残っている事くらい理解しているとも。それでも、未来へと踏み出した一歩を……その証の完成を喜ぶくらいはしても良かろう」
「……そうだな」
苦笑いを浮かべながらコスケがテミスにそう告げると、眉を顰めたムネヨシが大きく頷きながら同調する。
つまるところ、この先の如何はどうあれ、ここまで志一つで歩んできた融和派の者達にとっては、他種族との繋がりの証であるこの拠点は、盛大に祝うべき待望の意志の結実なのだろう。
「フフン……では、我々もこの喜びに浴する為に、とっておきの芸を披露してくるとしよう」
「なっ……? えぇっ……!? アタシもですか!?」
「ククッ……既に酔いどれじゃないか。無茶はするなよ?」
言葉と共に、隣に座るコスケへ覆い被さるように肩を組んだムネヨシは、ニンマリと得意気な笑みを浮かべて、ゆっくりと席から立ち上がった。
しかし、酒気をふんだんに帯びたムネヨシの顔は既に赤く染まっており、普段の彼が纏っている冷静沈着で知的な雰囲気は何処へ消え失せたのか、ただの質の悪い酔っ払いと化していた。
だが……。
「ではその間、君をこの地へ連れてきてくれた、立役者の事はお任せしよう」
「……こちらはアタシが。どうか滴サンの事、よろしくお願いします」
更なる盛り上がりを見せるホールの真ん中へと向かう前に、ムネヨシとコスケは揃って柔らかな笑みを浮かべて言い残していった。
そう言われて見てみれば、確かに大盛況のホールの中にシズクの姿は無く、二階へ続く階段の中ほどでカガリが所在無さげに佇んでいる。
「ハァ~……ったく……やれやれ……」
それを見たテミスは、言い残すだけ残して早速盛り上がる輪の中へと入っていくムネヨシとコスケの背を眺めて深くため息を吐くと、静かにカウンターの裏から抜け出したのだった。




