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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第19章

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1053話 静やかな朝の戯れ

 翌朝。

 毎度の如くカガリに起こされ、朝の支度をすべく階下へと向かったシズクの目に飛び込んできたのは驚愕の光景だった。

 明かりが落とされて薄暗いはずのホールには既にゆらゆらと揺れる光が灯り、魔石の出力を落としているが故に肌寒い筈の空気も、十分に温かく保たれている。

 否。それだけではない。

 厨房の奥からはカチャカチャと賑やかな音が響いており、起き抜けの空腹に暴力的なまでに食欲をそそらせる良い香りが、辺りに充満しているではないか。


「ッ……!? え……? 今日は誰か変わってくれた日でしたか……? いや、でもカガリが起こしてくれたし……」

「……? シズク姉? そんな所に突っ立ってどうし――」


 目の前で起こっている異様な事態に頭が追い付かず、階下へと下りる階段の半ばで凍り付いたシズクの背に、部屋の片づけを終えて追い付いたカガリののんびりとした声が投げかけられる。

 だが、そんなカガリの言葉も、彼女がシズクの隣へと並ぶ頃には、傍らで凍り付くシズクの意図を理解したかのように途中で途切れた。


「……日にち、間違ってないですよね?」

「そ……そのはずよ。オヴィムさんは今晩まで、情報収集のついでにアルス君を連れてギルドの任務だし……。その随伴に一小隊付けてるから、残りの皆は拠点の改築と防衛作業を担当している……筈……なんだけど……」

「そう……ですよね……。オヴムさん達が予定より早く帰ってきた……とか……?」

「まさか……それなら、随伴の者達から報告があるはずだよ」

「うぅん……」


 シズクとカガリは困惑の言葉を交わしながら、そろりそろりと階段を降りると、ホールの端に立って改めて周囲に目を凝らした。

 しかし、何度見ても暖かで良い香りの漂うホールの姿が変わる事は無く、その間も厨房の奥からは、この状況を創り出した何者かが奏でるリズムカルな調理の音が、止まる事無く響き渡っている。


「暢気に料理してるみたいだし、敵……ではなさそうだけれど……」

「ムネヨシ様が応援を送ってくれたのでしょうか……? と、兎も角、確認をしないと」

「う……うんっ!!」


 二人は顔を見合わせて言葉を交わすと、緊張した面持ちでゆっくりとカウンターを越え、厨房へと近付いていく。

 元より、シズクとカガリの頭の中からは、早起きをしたテミスが調理をしているなどという選択肢は存在していないのだろう。

 故に、この時間には自分達しか足を踏み入れないはずの厨房で、得体の知れぬ何者かが料理をしている現状に言い様の無い恐怖を覚えているのだ。


「っ……!! どう……? 誰が居るかわかる?」

「いえ……湯気がすごくて顔までは……」

「さっきから思っていたけれど、この匂い……お味噌……よね?」

「それだけじゃないわ。お魚も……氷砕銀鮭……でしょうか?」


 ぴょこり、ぴょこりと。

 厨房へと続く入り口から二対の猫耳が覗き、ヒソヒソと言葉を交わしながら音もなく中へと滑り込んでいく。

 同時に、二人は何度も息を吸い込んで、より鮮烈になった香りを嗅ぐと、何者かが腕を振るっている料理の品を予測していった。

 しかし、厨房の中はそれほど広くは無いものの、鍋やフライパンから放たれる暖かな湯気のせいで、後姿が辛うじて見える程度だった。


「んんッ……一体誰が……」


 じわり、じわりと。

 時には調理台の陰に身を隠し、時には大きなゴミ箱の裏へと身を寄せながら、シズク達は調理を続ける人影へ向かって距離を縮めていく。

 そして、僅かに先行するシズクの目が、立ち込める湯気と同化していた白銀の髪を捉らえた瞬間だった。


「さっきから何をやっている? 私が気付かないとでも思っていたのか?」

「ひぃッッッ……!?」

「っ……!!?」


 ジュワァァァァァァッ!!! と。

 ひと際派手な音を立てて湯気が昇ると同時に、愉し気な声がシズク達へと投げかけられる。

 刹那。シズク達へ背を向けて火床へ向かっていたはずの後姿は消え失せており、その代わりに満面の笑みを浮かべたテミスが、ゴミ箱の陰に隠れていたシズクのすぐ隣に立っていた。


「テ……テミスさんッ……!?」

「嘘……」


 そのあまりの速さに、シズクとカガリは反射的にビクリとその身を竦ませると、ただ呆然と驚きの声をあげる事しかできなかった。

 だが、そんな二人が凍り付いている間にも、ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべたテミスの両手は背中へと閃き、身に着けた燕尾服に仕込まれたナイフを瞬時に抜き放つと、ピタリとその切先をシズクとカガリへ突き付けて静止した。


「ゥッ……!?」

「えッ……? テ、テミスさん……? これ……は……?」


 前を進んでいたシズクはその首筋に、背後のカガリは喉元に。為す術もなく、突如として向けられた刃に、二人は凍り付いて緊張に息を呑んだ。

 そういえば、あの寝坊助なテミスさんがこんな時間に起きている訳が無い。まさか……偽物ッ!?

 連続で叩き込まれた驚きに混乱したシズクの脳味噌が、一足飛びに飛躍した結論へと辿り着きそうになる。

 しかし。


「二人共。拠点の中だからと気を抜き過ぎだ。そんなお前達には一つ……罰を受けて貰おうか?」

「うっ……」

「っ~~~~」


 流れるような動きでナイフの切っ先を二人から逸らしたテミスが、その顔ににっこりと満面の笑みを浮かべてそう告げると、シズクとカガリはその場に身を屈めた格好のまま声を詰まらせて、引き攣った笑みを浮かべたのだった。

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