1052話 闇夜に踊る企み
「フゥム……」
深夜。
見張りの者を除いた誰もが寝静まった中。テミスは一人、隠れ家の自室で唸り声をあげていた。
目の前には、数種類の衣服が散乱しており、そのラインナップは黒でまとめられた燕尾服からフリフリのミニスカなメイド服まで、幅広い意匠のものが雑多に混じっている。
「参ったな……どれを選んでも面白そうだ」
テミスは真剣な面持ちのまま呟きを漏らすと、鋭い視線を衣服へと向けて思考を巡らせた。
どれも今日の昼過ぎ、御用聞きにやって来たジュンペイを捕まえて、密かに用意させたものなのだが、この量といい種類といい、やけに気合が入っているように思える。
まずは、このひときわ目立つメイド服。
私の趣味に合わない言うまでも無いが、この派手な意匠の服を着て朝食でも作ってやれば、シズク辺りが腰を抜かして驚くだろう。
「……かたや、こちらも捨てがたい」
だが、テミスは小声で呟きながらおもむろに手を伸ばすと、まるでスーツのように固く拵えられた仕立ての良い燕尾服を掴み上げる。
給仕に向いた面白い服といって注文を出した為、恐らくはメイドと執事が基本になっているのだろう。
先程のメイド服とは異なり、こちらの執事服はとても私好みな意匠だ。
華美に飾りが添えられている事は無く、しかし胸元のワンポイントやシャツの前立てにはボタンを隠すように、小さなフリルがそれとなくあしらわれている。
「ン……?」
しかし、突如。
テミスの呟き以外響かぬ静まり返った部屋の中に、カシャリと乾いた音が響き渡った。
それは、布や皮で仕立てられた服からは出るはずも無い固い音で。不思議に思ったテミスが音の元へと視線を下すと、そこにはまるでホルスターのような形の鞘に収まった、小ぶりなナイフが横たわっていた。
「…………。まさか、とは思ったが……」
数秒の沈黙の後、テミスは乾いた笑みを浮かべると、燕尾服の裾を捲り上げて内側を覗き込んだ。
そう。持ち上げた途端、不思議だとは思ったのだ。肌触りの良い上質な布で拵えられている割には重すぎる……と。
「ンッ……ククク……。確かに、間違いではない。ああ、間違いでは無いな」
ぶつぶつと呟きながら服の中を覗き込んだテミスは、喉を鳴らして愉し気に笑いながら自らの膝の上に服を置いた。
ただの布にしては重たすぎる裾を捲り上げた中。そこには服の至る所に、数々のナイフが仕込まれていたのだ。
「フッ……他でもない私の注文だ。そういう目的だと思うのも無理は無いだろう」
改めて視線を傍らに散乱する衣服たちへと向け、テミスはどこか悲し気な笑みを浮かべると、自らに言い聞かせるようにひとりごちる。
仕事熱心なジュンペイの事だ、まさかこの一着だけに細工が施してあるという訳では無いだろう。
つまるところ、ここに並んだ数々の服は全て潜入・変装用に手が加えられた物という訳で。
流石にコスケの弟子であるジュンペイと言えど、私がただの思い付きや暇つぶし、そしてシズクへの悪戯で厨房に立つ気なのだとは読めなかったらしい。
「……ご丁寧に、コイツまで」
改めてジュンペイの用意した衣装へと目を向けていたテミスは、溜息まじりに一枚の服を取り上げた。
それは、酷く既視感のある給仕服で。思い返すまでもなく、マーサの宿でアリーシャが使っている給仕服に酷似した意匠のものだ。
「ハァ……」
しばらくの間、テミスはアリーシャの給仕服を眺めていた後、溜息をついて手に持っていた給仕服をドサリと放り出した。
給仕服は服とは思えぬ程の重厚な音と共に床へと落ちるが、その頃にはテミスは上体を後ろへと投げ出した上で後ろに回した手で支え、ぼんやりと中空へ向けて視線を彷徨わせていた。
「戦い……戦い……戦い……か」
そして、テミスは誰に語るともなくゆっくりと言葉を零した。
今のギルファーの情勢を考えるのならば、仕方の無い事なのだろう。むしろ、現状の立場を考えるのならば、テミスでなく一介の給仕であろうとも、有事に備えて武器を忍ばせておくのが正しいのかもしれない。
無論。ただの暇つぶしを兼た家事仕事とはいえ、大剣を担いで動き回る訳にもいかない。
重さこそ大した事は無いものの、戦いの場でもない家事仕事の場で大剣など背負っていても、ただ邪魔にしかならないだろう。
なればこそ、こういった手の仕込む形で携帯できるナイフは、最適解といえるかもしれない。
「…………!! クス……良い事を思いついた」
そんな事を考えながら、何を見る訳でも無く視線を彷徨わせていたテミスは、突如身体を起こしてニヤリと笑みを浮かべると、新たな悪戯を思いついた子供のようにキラキラと目を輝かせて呟いたのだった。




