幕間 逃亡者の悲哀
――どうして、こんな事になったのだろう。
ギルファーの街路を死に物狂いで駆けながら、カガリは胸の中で一人ごちる。
ユカリお姉様にトウヤお兄様。そして、センリお爺様。あれ程の相手を前に、シズク姉様一人では勝ち目なんか無い。
けれど、シズク姉様があの場に独りで残った意味が分からないほど子供でも無かった。
シズク姉様は自ら捨て石となって私を逃がしたのだ。
だが……。
「ッ……!!!!」
胸の中に満ちる悲しさと悔しさが涙となって溢れ出る。
何故、私はこんなにも弱いのだろう。大切な時に、大好きなシズク姉様を護る為の捨て石にすらなる事ができないなんて……。
「ッ……助けてッ……!!!」
カガリは灼け付くように痛む喉を無理矢理こじ開けて慟哭を絞り出す。
もうどれ程走ったのかもわからない。呼吸をするだけでも胸の奥がずきずきと痛むし、足は鈍い痛みと共に僅かに痺れている。
いっその事、ここで膝を付いて諦めるべきなのではないだろうか。
苦しみに満ちたカガリの胸の中に、そんな想いが過った時だった。
「こっちだッ!!! 辛いだろうけど……急いでッ!!」
「えっ……?」
突如として響いた声と共に伸びてきた力強い腕がカガリの手を掴み、折れかけたその心と足を繋ぎ止める。
まるで天翔ける疾風のように颯爽と現れたその男は、まるでただ必死で逃げ出す事しかできなかったカガリを導く救世主のようで。
カガリはその背を視界に収めた途端、縋るように口を開いた。
「お願いッ!! 助けてッ!! シズク姉がッ!!! お姉ちゃんがッ!!!」
「ッ……!! ごめん。俺にはシズクさんを助ける事はできない。けれど、君なら出来るはずだ」
「なんでッ!!! そんな事――」
「――今、店で狐助さんがテミスさんを足止めしてる」
「……ッ!!!」
その名を聞いた瞬間、カガリはまるで頭を殴り飛ばされたかのような衝撃を覚えて、思わず息を呑んだ。
私なんて足下にすら及ばない、恐ろしい程の強さを持つアイツなら、あの三人を相手にできるかもしれない。今は誰だっていい。ただ、シズク姉様を助けてくれるなら。
「……走れるね?」
「ッ……ハイッッ!!!」
前を走る男が振り返り、カガリの顔を覗き込みながらそう訊ねると、よたよたとふらつき始めていたカガリの足に力が戻る。
同時に、カガリは溢れる涙を拭って答えを返すと、ギラリとその目を光らせて更に速度を上げたのだった。




