幕間 臆病者の覚悟
「っ……!!!」
万事屋を後にしたユカリは、胸を焦がすような思いに突き動かされるように、脚に力を込めて当てどなく町を走り抜けた。
あの店でシズク達に出会ったのはただの偶然だった。シズク達が家を出てから、彼の店と猫宮の家の間で、定期的に連絡が交わされるようになったというだけのもの。
万事屋から情報を買えば、その特性上自分達の動向も即座にシズク達へと伝わってしまう。故に、猫宮家は二人の安否と、彼の店を訪れた場合のみにその情報を絞っていた。
「私……はッ……!!!」
乱れ切った心のまま街路を駆け抜け、息を切らせた所で膝に手を置いて漸く立ち止まる。
道行く人々がそんなユカリの様子を訝し気に眺めるが、ユカリの心はそれにすら気付く事ができない程、千々に乱れ切っていた。
思えば、ああもはっきりとシズクから拒絶されたのは初めての事だ。
あの子はいつだって真面目で優しく、強さこそを至上とする猫宮の家で生まれ育ったとは思えぬ程に穏やかだった。
だからこそ、私は姉としての使命を果たすべく、家を出た彼女たちを護るべく捜索の役を買って出たというのに。
「何故ッ……どうして……私達は……家族だろう……ッ?」
積もりに積もった悲しみと疑問が口から零れ、ユカリは目尻に力を籠めると、続いて溢れそうになる涙を必死で堪えた。
心優しいシズクの事だ、今の猫宮家の在り方が許せないのは理解できる。けれど、それはあくまで同胞を……家族を護る為の事。だというのに、自らの家の方針に反発したシズクは出奔し、家族を護るべき家はシズクの意に一切耳を貸さず、強引に捕らえようとしている。
「何だというのだ……一体ッ!!!」
猫宮の家に属する者としての使命と、姉としての使命。真正面からぶつかり合う二つの使命の間で、ユカリは声なき絶叫を上げていた。
少なくとも、今の猫宮家が普通でないのは間違いない。これまで黙認に近い形で見守ってきたシズクとカガリに突然下った捕縛命令。しかも、捕らえた後に家長審問にかけるだけではなく、捕縛にあたってその生死を問わないとまで来ているのだ。
「こんなの……まるで……ッ!!」
――シズクを殺せと言っているようなものではないか。
ユカリは思わず吐き出しかけた家に対する疑念を無理矢理に飲み込むと、必死で呼吸を整えて乱れた思考を制御する。
考え過ぎだ。あり得ない。シズクは血を分けた家族であり、血の結んだ絆は何よりも濃いはずなのだ。
今回の事だってきっと、このギルファーという国を割っての争いから、家族の身を護る為に違いない。
胸の中で否やと絶叫する自分を押し殺し、ユカリは強引に自分の心を納得させる。
シズク達の捕縛は私がやる。そうすれば二人が傷付く心配もないし、その功を以て二人の減刑を乞う事もできるだろう。
「フゥ~~ッ……!!! 私が……必ずッ……!!!」
妹たちを、守ってみせるッ!!
ユカリは大きく息を吐いて乱れた思考と息を整えると、揺るがぬ決意を胸に姿勢を正した。
だが……もしも……。万が一の場合は……。
ユラリ……と。再び歩き出したユカリの影は、彼女の決心を表すかのように怪しく揺れていたのだった。




